EP 28
祭りのあと、集計の夜
熱狂のライブが終わり、興奮冷めやらぬ王都の夜。
シェアハウス『タロウ・ハイツ』201号室のリビングは、かつてないほどの輝きに満ちていた。
ザラララララ……ッ!!
麻袋が逆さにされ、中身がこたつの上にぶちまけられる。
金貨、銀貨、銅貨、そして宝石。
ステージに投げ込まれた「物理スパチャ」の山が、天井の照明を反射してギラギラと輝いている。
「すごい……すごいよぉ……!」
リーザ・マーメイドは、金貨の山に顔をうずめ、恍惚の表情を浮かべていた。
「夢じゃない! これ全部、私のお金だよね!? 本物だよね!?」
「ああ、本物でござるよ。重かった……腰が砕けるかと思ったでござる」
流賀隆史は腰をトントンと叩きながら、安堵の息を吐いた。
ざっと見積もっても、億単位の金額だ。これなら借金を返済しても、十分なお釣りが来る。
「肉! ステーキ! お寿司! ケーキ食べ放題!」
リーザが金貨を放り上げて舞う。
「私も新しい安全靴が欲しいわね」
キャルルもニヤリと笑う。
「私は新しい肥料が欲しいです!」
ルナも目を輝かせる。
貧乏生活からの脱出。
誰もがハッピーエンドを確信していた。
カツーン……カツーン……。
その足音が響くまでは。
「お疲れ様でした。皆様」
玄関のドアが開き、リベラ・ゴルドが入ってきた。
その手には、分厚いバインダーと、鈍く光る業務用電卓が握られている。
「リベラ様! 見てください! 大成功です!」
リーザが無邪気に報告する。
「ええ、見ていましたわ。素晴らしいステージでした」
リベラは優雅に微笑み、こたつの対面に座った。
「では、早速ですが――『収支決算』を始めましょうか」
パチパチパチパチパチ……ッターン!!
高速で電卓を叩く音が、死刑宣告のカウントダウンのように響き渡る。
「まず、本日の総売上(投げ銭+グッズ販売)。推定で金貨5,000枚(約5,000万円)。素晴らしい数字ですわ」
「ご、五千枚……!」
リーザが震える。一生遊んで暮らせる額だ。
「ここから『必要経費』を差し引かせていただきます」
リベラがバインダーを開いた。
「まず、『ステージ設営・撤去費』。最高の音響と照明、そして頑丈なステージを作るために、ゴルド建設の精鋭を投入しました。これが金貨1,500枚」
「いっ、1500!?」
いきなり3割が消えた。
「次に、『特殊効果演出費』。ルナさんの魔法『ゴールデン・レイン』に使用した触媒、および王都上空の魔法使用許可申請料。さらに、近隣住民への騒音対策費。合わせて金貨800枚」
「騒音対策費……!」
隆史が呻く。確かにあの爆音は凄かった。
「そして、『楽曲使用料』。作詞・作曲を手掛けたプロデューサー(国王タロウ)へのロイヤリティです。売上の10%契約ですので、金貨500枚」
「王様もしっかり取るんですね……」
「さらに、『機材損耗費』。隆史さんの『雷霆』を音響機材として酷使したことによるメンテナンス費用、およびキャルルさんの護衛手当、スタッフ(私)の人件費。これらが金貨1,000枚」
「ちょ、私の人件費高くないですか!?」
キャルルが抗議するが、リベラは無視して電卓を叩き続ける。
「そして最後に……『マネジメント料』および『広告宣伝費』。ゴルド商会の全ネットワークを使った宣伝と、私がプロデューサーとして動いた報酬。売上の20%、金貨1,000枚」
チーン。
リベラの手が止まった。
彼女は眼鏡をクイッと押し上げ、残高を表示した電卓をリーザに見せた。
「売上5,000枚から、経費4,800枚を差し引き……残りの利益は金貨200枚です」
「に、200枚……!」
リーザが崩れ落ちる。5000枚の夢が、200枚の現実に。
それでも、200枚(200万円)あれば、借金を少しは返せるはず――
「あ、忘れていましたわ」
リベラが悪魔のような笑顔で付け加えた。
「今回の合宿にかかった費用、および以前からの『累積借金』の返済分。これが……金貨199枚と銀貨9枚になります」
「…………は?」
リベラは金貨の山をごっそりと自分の鞄に詰め込み、テーブルの上にチャリンと硬貨を置いた。
銅貨3枚。
それが、伝説のライブの報酬の全てだった。
「というわけで、今回のリーザさんの手取りは、こちらの『3円』になります。お納めください」
「う……うそ……うそだぁぁぁぁ!!」
リーザの絶叫がアパートに響き渡った。
「あんなに歌ったのに! あんなに盛り上がったのに! 3円!? 飴玉しか買えないよぉぉ!!」
「あら、借金が完済に近づいただけでも感謝していただきたいですわ。……それに」
リベラは鞄の口を閉め、立ち上がった。
「次回のライブの予約も入っていますの。借金を完済するまで、馬車馬のように働いていただきますわよ? ……私の可愛い『ドル箱』さん♡」
リベラは上機嫌で部屋を出て行った。
残されたのは、抜け殻になったリーザと、虚しく輝く銅貨3枚。
「……あ、悪徳事務所すぎるでござる……」
「ブラックね……真っ黒だわ」
隆史とキャルルは、白目を剥いてピクリとも動かないリーザの肩を叩いた。
「ま、まあ、観客は喜んでいたでござるよ」
「そうそう。名声は手に入ったじゃない。……お腹、空いたわね」
結局。
その夜の祝勝会は、隆史が隠し持っていた『廃棄のおにぎり』と、3円で買った『駄菓子のうまい棒(1本を4等分)』で行われた。
夢の一攫千金は幻に終わった。
だが、タローソンには翌朝から、リーザ目当てのファン(労働者たち)が殺到することになる。
彼女の「極貧アイドル伝説」は、まだ始まったばかりなのだ。




