EP 2
極貧人魚姫への餌付け
異世界転生から三日が過ぎた。
流賀 隆史は、この世界の「異常さ」に気づき始めていた。
「……おかしい。絶対におかしいでござる」
隆史は、愛用のトングでタバコの吸い殻を拾いながら(善行+1pt)、目の前の光景に戦慄していた。
石造りのファンタジーな街並みの中に、唐突に現れる青と白のストライプ看板。
そこには見慣れたフォントで『タローソン』と書かれている。
さらに隣には『牛丼屋 太郎』。向かいにはスーパー銭湯『極楽の湯』。
「なんで異世界にコンビニがあるんでござるかァァァ!?」
隆史は頭を抱えた。
剣と魔法の世界だと思っていたのに、品揃えは完全に日本の地方都市だ。
しかも、すれ違う冒険者たちが「新作の『からあげオーク』美味いよな」などと会話している。
「拙者、まだレベル1(一般人)なのに、世界観の崩壊レベルがカンストしている……」
だが、今の隆史に文明の謎を解く力はない。
彼にあるのは、三日間のゴミ拾いで貯めたささやかなポイントだけだ。
【所持善行ポイント:358pt】
牛丼(並)が3杯食える。
これが彼の全財産だった。
***
ポイント稼ぎのため、さらに裏路地へと足を踏み入れた時のことだ。
スーパー『タローマート』の裏口付近から、弱々しい歌声が聞こえてきた。
「ごぇん……ごぇん……ごえんがあるよぉ……」
呪歌だろうか。
隆史はビクリと身構え、逃げ出そうとした。
しかし、その視線の先に映ったものを見て、足が止まる。
みかん箱の上に、一人の少女がへたり込んでいた。
透き通るような水色の髪。宝石のような瞳。
その美しさは、アイドルオタクの隆史が一瞬で「推せる!」と確信するレベルの美少女だ。
だが、彼女の口元には――カピカピに乾いたパンの耳がくわえられていた。
「うぅ……パンの耳、硬いよぉ……喉に詰まるよぉ……」
少女は涙目でパンの耳をかじり、空を見上げている。
その時、隆史の脳内にシステム音が鳴り響いた。
≪緊急クエスト発生:飢餓状態の対象を救助せよ≫
≪報酬目安:人助けボーナス 1000pt≫
「せ、1000ポイント!?」
隆史の目の色が変わった。
空き缶拾い1000回分である。これは見逃せない。
彼はトングを鞘に収めるように腰に差し、キリッとした表情(作り顔)で少女に近づいた。
「そこの御仁。何やらお困りのようでござるな」
少女――リーザは、ビクッと肩を震わせて振り返った。
「ひっ! あ、あの、私お金持ってません! このパンの耳も正規ルート(裏口で土下座)で入手したものです!」
「いや、カツアゲではない。拙者は通りすがりの……そう、流浪の料理侍」
隆史はバサリと新撰組風の羽織を翻した。
中二病スイッチ、オン。
「腹が減っているなら、食うがよい。拙者の魂の料理を!」
隆史は右手を突き出し、スキルを発動させた。
消費ポイント100pt。痛いが、リターンは大きい。
狙うは、空腹時に最も破壊力のある一品だ。
「顕現せよ! 琥珀色の宝石箱……『牛丼』!!」
ボンッ!
白い湯気と共に、リーザの目の前にドンブリが出現した。
甘辛い醤油と出汁の香り。煮込まれて飴色になった玉ねぎ。
そして、たっぷりのつゆを吸った白米の上に鎮座する、脂の乗った薄切り肉。
「え……? 魔法……?」
リーザの目が釘付けになる。
パンの耳とは次元の違う、暴力的なまでの「旨味」の香り。
ゴクリ、と彼女の喉が鳴った。
「さあ、遠慮はいらぬ。熱いうちに食すが礼儀でござる」
「た、食べていいの……? 本当に……?」
「勿論だ。代金はいらぬ(ポイントが入るからな)」
その言葉を聞いた瞬間、リーザは箸(なぜか最初から割れている)を手に取り、猛然と牛丼にかっこんだ。
「はふっ、はふっ! ……んんーっ!!」
一口食べた瞬間、リーザの瞳孔が開いた。
「おいひい! なにこれ美味しいぃぃぃ!! お肉がとろける! ご飯が甘い! お汁が染み染みだよぉぉ!!」
彼女は一心不乱にかきこんだ。
見る見るうちに、青白かった彼女の顔に赤みが差し、肌が内側から発光し始める。
【牛丼】のバフ効果『スタミナ全回復・疲労困憊解消』が発動したのだ。
「ぷはぁーっ! ごちそうさまでした!」
あっという間に完食。器は光の粒子となって消滅した。
リーザは感極まった表情で、隆史の手をガシッと掴んだ。
「すごい……すごいよ侍さん! 私、こんなに美味しいもの食べたの初めて! 体の中からパワーが湧いてくる感じ!」
ピロリン♪
≪人助け達成:善行ポイント +1000pt 獲得≫
脳内でファンファーレが鳴る。
隆史は心の中でガッツポーズをした。(よっしゃ! これで牛丼10杯分!)
「礼には及ばぬ。空腹の者を満たすのが、拙者の流儀ゆえ」
クールに去ろうと背を向けた隆史だったが、背中に熱い視線が突き刺さる。
振り返ると、リーザがキラキラした瞳で彼を見上げていた。
「もしかして貴方……伝説の『プロデューサー』様ですか!?」
「ぷろでゅーさー?」
「はい! 私の歌を聞きつけて、スカウトに来てくれたんですよね!? 魔法のご飯で私を輝かせてくれる、食の神様!」
「いや、拙者はただのバイト……」
「私、リーザって言います! 地下アイドルやってます! お願いです、私を弟子にしてください! 一緒に武道館目指しましょう!!」
リーザは隆史の足にしがみついた。
その力は意外に強く、小心者の隆史はパニックになる。
「ちょ、離すでござる! 拙者はソロプレイヤー! 徒党は組まぬ主義で……!」
「牛丼! 牛丼さえくれれば何でもしますからぁぁ!!」
路地裏に響く美少女の叫び声。
通行人が「おい、侍が女の子泣かせてるぞ」「事案か?」とヒソヒソし始める。
隆史の顔色が青ざめた。
「わ、わかった! わかったから静かにするでござるぅぅ!!」
こうして、流賀隆史の孤独な異世界生活は、わずか三日にして終わりを告げた。
最初に手に入れた仲間(?)は、常に腹を空かせた極貧人魚姫。
だが彼はまだ知らない。
この出会いが、さらなる「災害級」の美女たちを引き寄せる呼び水になることを。
「あ、プロデューサーさん! デザートにゆで卵とか出せたりします?」
「……調子に乗るなよ。(出すけど)」




