EP 16
戦慄の女子会 in タロウキング(後編)
山盛りの料理が次々と胃袋へと吸い込まれていく。
S級美少女たちの食欲は、見ていて清々しいほどだった。
「ふぅ……ちょっと喉乾いたわね」
キャルルがフォークを置き、ニカッと笑って立ち上がった。
「そうだ! タカシに美味しいジュースを作ってあげる! 私のイチオシなんだから!」
「お、お勧めでござるか? それは忝い」
隆史は少し感動した。
普段は蹴られたり、荷物持ちにされたりしているが、こうして気遣ってくれることもあるのだ。やはりシェアハウスの絆は本物……。
数分後。
ドリンクバーから戻ってきたキャルルの手には、禍々しい色をしたコップが握られていた。
「お待たせ! 特製『キャルル・ミックス』よ!」
「……キャルル殿? 色が……その、この世の色ではないのでござるが?」
コップの中身は、深淵のようなドス黒い緑色。いや、限りなく黒に近い澱のような液体だ。
「えー? 健康にいいのよ? 『青汁』と『メロンソーダ』と『濃厚人参ジュース』、隠し味に『みかんジュース』を混ぜたの!」
青汁×野菜×炭酸×柑橘。
味覚の不協和音である。
「さぁ、飲んで飲んで♡ 美味しいんだから!」
キャルルが屈託のない笑顔でコップを突き出す。
隆史は顔を引きつらせた。
「あ、暗黒でござる……ドリンクバーでここまで暗黒色に出来るって、ある意味才能でござるよ……」
隆史は助けを求めて、周囲に視線を走らせた。
隣のリーザへ。向かいのルナへ。そしてリベラへ。
スッ……。
彼女たちは一斉に、明後日の方向へ顔を逸らした。
リーザはピザの耳を見つめ、ルナは天井のシミを数え、リベラは紅茶の湯気に関心を示している。
見捨てられた。
「ほら、早く!」
「う、うむ……いただくでござる……」
隆史は覚悟を決めた。
これは毒ではない。愛だ。愛のある毒だ。
彼はコップを一気に傾け、暗黒ジュースを流し込んだ。
「…………!!」
ぐぅぅ……
舌を蹂躙する青臭さ。喉を焼く炭酸。そして後から来る人参の土臭さとみかんの甘酸っぱさが、口の中で戦争を始めた。
不味い。
筆舌に尽くしがたいほど不味い。
「ぶふぉっ……!」
耐えきれず、隆史の口端からジュースがたらりと溢れた。
白いシャツに暗黒のシミが広がる。
「あーあ、もう。こぼしちゃって」
キャルルは呆れたように笑うと、ポケットからハンカチを取り出した。
可愛らしい人参柄のハンカチだ。
「じっとしてて」
彼女は身を乗り出し、隆史の口元の汚れを優しく拭き取った。
その顔は驚くほど近く、甘い香りが漂う。
「ん……はい、綺麗になった」
キャルルは満足げにハンカチをしまい、少し頬を赤らめて呟いた。
「……ほんと、私がいないと駄目なんだから」
ドキッ。
隆史の心臓が跳ねた。
不味いジュースの味など吹き飛ぶほどの、強烈なデレ攻撃。
これぞギャップ萌え。これぞツンデレの黄金比。
(……このためなら、腹を壊しても本望かもしれないでござる)
だが、その甘い空気を読まない者が一人いた。
「わあ! キャルルちゃんズルいです! 私もタカシさんに何か作ってあげたいです!」
ルナが立ち上がった。
彼女の手には、空のコップと、愛用の『世界樹の杖』が握られている。
「ル、ルナ殿? 普通にドリンクバーを注げばいいのでござるよ?」
「いいえ! キャルルちゃんに対抗するには、最高級の『お水』が必要です! 私、故郷の湧き水を再現してみせます!」
ルナはドリンクバーのサーバーの前に立ち、高らかに詠唱を始めた。
「母なる大地よ、清浄なる恵みを与えたまえ……『アクア・クリエイション(水源創造)』!!」
ボコッ……バシュウウウウウウッ!!
ドリンクバーの給水口が爆発した。
いや、正確には、そこから滝のような激流が噴き出したのだ。
コップ一杯分ではない。毎秒数トンクラスの、本物の水源がファミレスの一角に誕生した。
「わあ! 凄い勢いです!」
「すごくないでござるぅぅぅ! 店が! 店が沈むぅぅぅ!!」
ジャババババババ!!
店内は瞬く間に水浸しになり、他のお客さん(ゴブリンやオークたち)が悲鳴を上げて逃げ惑う。
店長(タロウキングの雇われ店長)が、顔面蒼白で飛んできた。
「お客様ぁぁ!! 何をしてるんですかぁぁ!!」
「い、今のうちに謝るでござる! 全員整列! 土下座用意!!」
隆史は水浸しの床にスライディングし、見事な土下座を決めた。
「申し訳ございませぬぅぅ! 拙者の連れが! 連れがぁぁ!!」
キャルルとリーザも慌てて頭を下げる。ルナだけが「あれ? 水多すぎました?」と首をかしげている。
カオスと化した店内で、一人だけ優雅に紅茶(持参したポットで無事)を飲んでいるリベラが、静かにブラックカードを取り出した。
「店長さん。……このカードで、お店の改装費と、お客様全員へのお詫びの品を」
「えっ、あ、はい……ゴルド商会の……?」
「ええ。それと、この件は『設備の老朽化による水漏れ』ということで……よろしいですわね?」
リベラの目が、眼鏡の奥で怪しく光った。
店長はコクコクと頷いた。金と権力の前には、水害すら無かったことになるのだ。
***
夕暮れ時。
ずぶ濡れになった一行は、とぼとぼと帰り道を歩いていた。
「……酷い目にあったでござる」
隆史は濡れた服を絞りながら溜息をついた。
だが、隣を歩くキャルルは、どこか楽しげだ。
「でもさ、ご飯は美味しかったでしょ?」
「まあ、最後のお水騒動以外は……」
「また行こうね、タカシ。次はもっと美味しいジュース、開発しておくから!」
キャルルが意地悪く笑い、隆史の腕にぴとりと身を寄せた。
その体温と柔らかさに、隆史の文句は喉の奥に引っ込んだ。
「……お手柔らかに頼むでござるよ」
後ろでは、リーザが「次は高級寿司がいいなー」と歌い、ルナが「次は火の魔法で焼き肉しましょう!」と物騒な提案をしている。
リベラは呆れつつも、そんな彼らを微笑ましそうに見守っていた。
重い荷物と、騒がしい仲間たち。
隆史の休日は、疲労困憊で幕を閉じたが、その足取りは不思議と軽かった。
……まあ、明日の筋肉痛は確定だが。




