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EP 14

女神と魔王の深夜徘徊

 深夜2時30分。

 『タローソン王宮特別支店』の駐車場からは、まだ男たちの低い笑い声(競馬予想中)が聞こえてくる。

「……勘弁してほしいでござるよ」

 店長の流賀隆史は、胃薬を水で流し込みながらレジに立っていた。

 魔界の貴公子、国王、勇者。

 この世界の「武力トップ3」が、外でウンコ座りをして管を巻いているのだ。これ以上の異常事態はないだろう。

 そう思っていた。

 だが、タローソンの深夜シフトは、そんな生易しいものではなかった。

 ウィィィィン……

 気だるげなモーター音と共に、自動ドアが開く。

「うぃ~……寒い寒い……」

「ちょっとルチアナ、足音うるさいわよ。バレるでしょ」

 入ってきたのは、女性二人組だった。

 一人は、ヨレヨレの緑色のジャージを着て、便所サンダルを履いたボサボサ髪の女性。

 もう一人は、大きめの黒パーカーのフードを目深に被り、さらに黒マスクで顔を覆った怪しい女性。

 一見すれば、近所のコンビニに夜食を買いに来た「干物女」と「不審者」だ。

 だが、隆史の『丼マスター』スキル(鑑定眼付き)は、彼女たちの正体を看破してしまった。

 【名前:ルチアナ(創造神・女神)】

 【名前:ラスティア(魔界の王)】

「ぶふぉっ!?」

 隆史は盛大に吹き出した。

 女神と魔王!?

 世界の頂点トップオブトップが、なんでこんな深夜に、こんな汚い格好でコンビニに!?

 ルチアナ(ジャージ神)は、お腹をボリボリとかきながらレジに近づいてきた。

「あ、店長さぁん。今月の『月刊パチンコ攻略・王宮版』ってどこぉ? 新台の『CR・勇者リュウ伝説』のボーダーライン知りたくてさぁ」

「パ、パチンコ雑誌でござるか……!?」

 隆史は震える指で、雑誌コーナーを指差した。

「あ、あちらの棚の最下段に……」

「おー、サンキュ。……って、あれ? 先月の収支マイナスだったから、今月は立ち回り変えないとなぁ……」

 女神が立ち読みを始めた。神々しさのかけらもない。

 その後ろで、ラスティア(マスク魔王)が呆れたように溜息をついた。

「ルチアナ、あんたこないだも『確変引くまで帰らない』とか言って大負けした癖に。学習しなさいよ」

「うっさいわねラスティア! それよりあんた、スッピン隠すのに必死すぎない?」

「当たり前でしょ! 私が魔王だってバレたら、週刊誌に『魔王、深夜のコンビニで激太り?』とか書かれるのよ! 繊細なの!」

 ラスティアはキョロキョロと周囲を警戒し、小声で隆史に尋ねた。

「ねえ店長さん。ここら辺でさ、朝までやってるお洒落な飲み屋とかない? 個室があって、照明が暗くて、店員が空気を読む店」

「……は?」

 隆史は絶句した。

 ここは王宮の敷地内だ。そんな歌舞伎町みたいな店があるわけがない。

「い、いえ……ここ周辺には、衛兵の詰所しかございませんが……」

「マジ? うわー、詰んだわ。小腹空いたし、どっかで愚痴りながら飲みたかったのに」

 ラスティアがフードの上から頭を抱える。

 ルチアナが雑誌を棚に戻し(買わないんかい)、ふらふらと戻ってきた。

「じゃあさー、ここでいーじゃん。イートインあるし」

「はぁ? コンビニ飯? 私を誰だと思っ……」

「いーじゃんいーじゃん。たまにはジャンクなのも。ね、店長さん、お湯あるよね?」

 ルチアナの瞳(濁っている)に見つめられ、隆史は直立不動で答えた。

「は、はい! ポットのお湯は常に98度で保温中でござる!」

 ***

 数分後。

 店内の隅にあるイートインコーナー。

 そこには、向かい合って座る女神と魔王の姿があった。

 テーブルの上には、湯気を立てる『カップヌードル(シーフード)』と、開封された『ツナマヨおにぎり』。そして『ストロング系チューハイ(500ml)』。

「……んーっ! この化学調味料の味! 身体に悪そうで最高ぉ~!」

 ルチアナが麺をズルズルとすする。汁がジャージに飛んでいるが気にしていない。

「……ふん。まあ、悪くないわね」

 ラスティアもマスクを顎までずらし、おにぎりをカップ麺のスープに浸して食べている。

 魔王の威厳は、スープの海に沈んだ。

「てかさー、最近ヴァルキュリアがうるさくてさぁ。『仕事しろ』『野菜育てろ』って。私、神よ? 働いたら負けじゃない?」

「わかるー。ウチも四天王のルーベンスがうるさいのよ。『予算がない』だの『無駄遣いするな』だの。あいつ、自分は競馬でスッてるくせにね」

 ズズッ……ズルズルッ……プハァ……。

 深夜のコンビニに響く、麺をすする音と、上司の愚痴。

 隆史はレジからその光景を見つめ、遠い目をした。

「(……世界って、こんなに適当に回っていたのでござるか?)」

 創造神と魔王。

 二つの頂点が、カップ麺片手に女子会(愚痴大会)を開いている。

 平和と言えば平和だが、夢も希望もない。

 ラスティアがチューハイを煽り、ほんのり頬を赤らめて言った。

「あーあ。深夜の炭水化物って、なんでこんなに背徳の味がするのかしら。……ねえルチアナ、デザートいっちゃう?」

「いいねぇ。アイスいっとく? あそこの高いやつ」

 二人が悪巧みを始めた、その時だった。

 ガシャーン!!

 自動ドアが、何者かの突進によって悲鳴を上げて開いた。

 いや、開くよりも速く、黄金の影が飛び込んできた。

「みーつーけーまーしーたーよおおおお!!」

 店内に響き渡る、凛とした、しかし怒りに震えた声。

 黄金の甲冑。背中には純白の翼。

 天界最強の風紀委員長――ヴァルキュリアである。

「げっ、ヴァル子!?」

「チッ、嗅ぎつけたか!」

 カップ麺をすする二人が硬直する。

 ヴァルキュリアは仁王立ちになり、聖槍グラニ(の石突き)で床をドン! と叩いた。

「ルチアナ様! ラスティア殿! あなた達という人は……! 天界と魔界の決済書類が山積みなんですよ!?」

「い、いやー、ちょっと視察にね? 下界の経済調査的な?」

「カップ麺の汁を飲み干してから言い訳してください! さあ、帰りますよ! 徹夜で残業です!」

 ヴァルキュリアが二人の襟首を掴もうとする。

 まさに強制連行。

 だが、ここで魔王ラスティアが、悪魔的な「切り返し」を見せた。

「……ふふ。いいのかしら、ヴァルキュリア」

「な、なんです」

 ラスティアは、冷凍ケースから取ってきたばかりの『プレミアム・濃厚ミルクアイス(バニラ)』の蓋を開けた。

「深夜3時……この時間に食べるアイスが、どれほどの魔力を持っているか。貴女、知らないまま帰るつもり?」

「……は?」

「一口、どう? 飛ぶわよ?」

 ラスティアがスプーンですくった白い塊を、ヴァルキュリアの口元に差し出す。

 甘い香り。冷気。

 ヴァルキュリアの喉が、ゴクリと鳴った。

「ば、馬鹿にしないでください! 天使族の私が、そんな誘惑に……!」

 パクッ。

 抗えなかった。

 ヴァルキュリアの口の中に、濃厚なミルクのコクと、背徳的な甘さが広がる。

「……んっ!?」

 カッ! と彼女の目が見開かれた。

 疲れた脳髄に、糖分が直撃する。

「な、なんですかこれは……! 濃厚なのに後味スッキリ……! 神代のネクタル(神酒)以上の破壊力……!」

 ヴァルキュリアの手から、聖槍がカランと落ちた。

 彼女はプルプルと震えながら、レジの隆史に向かって叫んだ。

「て、店長さん! 警察(天使)の特権で、これをもう一個……いえ、三個押収します! 領収書は『天界・交際費』で!!」

「……お買い上げ、ありがとうございますでござる」

 数分後。

 イートインコーナーには、仲良く並んでアイスを食べる三人の美女(女神・魔王・天使長)の姿があった。

「ん~♡ 美味しい~!」

「でしょ? 深夜のアイスは別腹なのよ」

「……くっ、明日からダイエットします。明日から……!」

 隆史は、空になったカップ麺の容器を片付けながら、深く、深く溜息をついた。

「……天界も魔界も、もう終わりでござる」

 外では男たちが競馬新聞を広げ、中では女たちがアイスを貪る。

 タローソン王宮特別支店。

 そこは、世界の重要人物たちをダメにする、魔の聖域と化していた。

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