EP 13
喫煙所サミット(ヤンキーの溜まり場)
深夜2時10分。
『タローソン王宮特別支店』のレジカウンター。
「い、いらっしゃいませでござる……」
店長の流賀隆史は、引きつった笑顔で客を迎えた。
先ほどの魔界の貴公子に続き、現れたのはこの国のトップ2だったからだ。
「ういーっす……」
パーカーのフードを目深に被った佐藤太郎(国王)。
私服のジャケットをだらしなく着崩した鍵田竜(元勇者)。
二人の瞳には、生気がなかった。
まるで、残業続きで終電を逃したサラリーマンのような哀愁が漂っている。
「り、流賀くん。『キャスター・マイルド』ひとつ。あと、『発泡酒(一番安いやつ)』の500ml缶」
「俺は『メビウス』。それと『ストロング・ゼロドライ』。……あと、レジ横の『辛口カルパス』だ」
「か、畏まりました! (国王と勇者が発泡酒とストロング系!?)」
隆史はマッハで会計を済ませた。
二人は商品を掴むと、逃げ込むように店の外――駐車場の喫煙スペースへと向かった。
そこには既に、先客のルーベンス(魔族)が陣取っている。
「……あ?」
ルーベンスが、イカ天棒を齧りながら二人を睨む。
太郎とリュウも、無言で視線を返す。
一触即発か?
「……火、あるか?」
太郎が短く尋ねた。
ルーベンスは無言で100円ライターを投げ渡した。
「サンキュ」
カチッ。シュボッ。スーッ……プハァ……。
紫煙が夜空に昇る。
三人の男たちは、示し合わせたように「ウンコ座り」をし、灰皿を囲んでしゃがみ込んだ。
魔族、国王、勇者。
世界の命運を握る三人が、コンビニ前でヤンキーのようにたむろしている。
窓拭きを装って外に出てきた隆史は、その光景に戦慄した。
(ち、治安が悪すぎるでござるよおおお!!)
男たちの会話が、夜風に乗って聞こえてくる。
「……はぁ。やってらんねぇよ」
口火を切ったのは、この国の王・太郎だった。
彼は発泡酒をプシュッと開け、一気に半分ほど煽った。
「どうしたサトウさん。またか?」
「ああ。サリー(嫁)のやつ、今月の小遣い減らしやがったんだ。『タロウ、今月ゲーム課金しすぎよ』って。……たった5万だぞ? 国王の小遣いが5万って、夢なさすぎだろ」
「5万? 贅沢言うなよ」
リュウがストロング缶を揺らしながら、悲痛な声で言った。
「俺なんて今月、金貨3枚(3万円)だぞ? 『リリスの教育費がかかるから』って。俺、世界救ったよな? 魔神王倒したよな? なのに昼飯代も制限されるのかよ……」
「世知辛ぇなぁ……」
国王と勇者が、深く溜息をつく。
世界最強の男たちも、家庭という名のダンジョンでは最下層の住人だった。
その時。
黙って聞いていたルーベンスが、ふっ、と鼻で笑った。
「……くだらん悩みだ」
「あ? なんだよ魔族」
ルーベンスは、吸っていたマルボロをもみ消し、懐から新聞をバサリと広げた。
『週刊タロウ・スポーツ』。赤ペンでびっしりと印がつけられている。
「金がないなら、増やせばいいだろう」
「……競馬か?」
「そうだ。今週末のG1レース『ジオ・リザード記念』。これを見ろ」
ルーベンスは、新聞のある一点を指差した。
イカ天棒を持った手で。
「この大穴、『ハルウララ・ドラゴン』。オッズは50倍だ」
「おいおい、そんな駄馬が来るわけ……」
「来るね。俺の『魔眼』は誤魔化せない。こいつのパドックでの脚の運び……筋肉の収縮率が、他の竜とは段違いだ。完全に仕上がっている」
魔界の貴公子の瞳が、怪しく、そして真剣に輝いた。
「いいか? 金貨3枚をここに突っ込めば、150枚になる。一撃で小遣い一年分だ」
「な、なるほど……!」
「150万……! それなら、サリーに内緒でプレステ5(転生品)が買える……!」
太郎とリュウの目の色が変わった。
射幸心という名の魔物が、彼らの理性を食い破っていく。
「おい魔族、いやルーベンスさん! 詳しい買い目を教えろ!」
「ふん、教えてやってもいいが……見返りは?」
「次の飲み会、俺の奢りでいい!」
「……交渉成立だ」
三人の男たちは、地面に新聞を広げ、頭を突き合わせた。
「ここは3連単で流して……」
「いや、対抗馬の『ディープ・インパクト・オーガ』も捨てがたい……」
「タルタルソースこぼれてるぞ」
深夜のコンビニ駐車場。
そこには、種族も身分も超えた、熱い男たちの絆(ギャンブル仲間)が生まれていた。
隆史は、窓ガラスを拭きながら遠い目をした。
「……この国の未来、大丈夫でござるか?」
不安しかない。
だが、彼らが上機嫌で追加の酒とつまみを買いに戻ってきたおかげで、深夜の売上は過去最高を記録したのだった。
しかし、隆史は予感していた。
男たちが集まれば、次は必ず――もっと厄介な「女たち」が来ることを。
ウィィィィン……
予感は的中する。
次に自動ドアをくぐったのは、ジャージ姿の女神と、マスク姿の魔王だったのだ。




