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EP 10

伝説の始まりと遅刻

 16時59分58秒。

 自動ドアのチャイム音と共に、一人の男が『タローソン』の店内へと滑り込んだ。

 全身煤まみれ。髪はボサボサ。硝煙の臭いを漂わせているが、その瞳には「労働」への執念が燃えていた。

「お、おはようございます! 流賀隆史、只今出勤しましたでござる!」

 レジカウンターの奥から、エプロン姿の男性が顔を出す。

 この国の国王にして、最強の店長・佐藤太郎だ。

 彼は手元の『週刊少年ジャンプ(転生特典)』から目を離し、煤だらけの隆史を見た。

「あ、流賀くん。お疲れー」

「はっ! ギリギリセーフでござる!」

「うん、タイムカード切ってね。……で、その汚れどうしたの? どっかで爆破実験でもしてきた?」

 太郎は窓の外、遠くの地平線にまだ残っているキノコ雲をチラリと見た。

 隆史は冷や汗を滝のように流しながら、直立不動で答えた。

「い、いえ! 通行の妨げになるゴミ(数万の魔物)を、少々焼却処分してきただけでござる!」

「ふーん。ゴミ処理も大変だねぇ。ま、品出し頼むよ」

「御意!」

 なんとか誤魔化せた(と思っているのは本人だけ)。

 隆史は安堵のため息をつきながら、おにぎりコーナーの補充に向かった。

 ***

 翌日。

 シェアハウスで泥のように眠っていた隆史の元に、王宮からの使者が訪れた。

 現れたのは、近衛騎士団長のライザ(太郎の妻・世界最強の剣士)だ。

「流賀 隆史。陛下がお呼びだ。直ちに出頭せよ」

 終わった。

 隆史は確信した。

 昨日の爆発だ。あの「コスモギャラシック砲」とかいう痛いネーミングのビームが、環境破壊条例か何かに引っかかったに違いない。

「お、お助けを……! 拙者、まだローン(リベラへの借金)が……!」

「問答無用。連行する」

 キャルルたちが「いってらっしゃーい」「お土産はケーキで!」と手を振る中、隆史はドナドナされる牛のように王宮へ連行された。

 ***

 王宮、謁見の間。

 本来なら厳粛な空気であるはずの場所だが、玉座に座る太郎はユニクロのパーカー姿だった。

 横には魔法省大臣のサリーと、騎士団長のライザが控えている。

 隆史は部屋に入るなり、床を滑るような勢いで平伏した。

 必殺、高速スライディング土下座。

「申し訳ございませんでしたアアアア!!」

 額を床に擦り付け、絶叫する。

「昨日の爆発は! 不可抗力なんでござる! トイレ掃除の棒が暴発しただけで! 決して王都へのテロ行為ではございません! 命ばかりはお助けをォォォ!」

 シーン……と静まり返る謁見の間。

 頭上から、太郎の軽い声が降ってきた。

「いや、怒ってないけど」

「へ?」

 隆史がおそるおそる顔を上げると、太郎はニヤニヤと笑っていた。

「むしろ凄かったよ。僕も城のテラスから見てたんだけどさ。あのビーム、**『コスモギャラシック砲』**だっけ? ネーミングセンス、最高に中二病だね!」

「ぐはぁっ!!」

 物理攻撃ではない精神的ダメージが隆史を襲った。聞かれていた。あの恥ずかしいセリフを、国王に聞かれていた。

 隆史は再び床に突っ伏した。もう殺してくれ。社会的に死にたい。

「でさ、君にお願いがあるんだけど」

「は、はい……(処刑かな?)」

 太郎は身を乗り出し、少年のように目を輝かせた。

「あの『鉄パイプ』、ちょっと貸してくれない? 僕も撃ってみたいんだよね、コスモなんとか砲」

「……はい?」

 隆史はおずおずと、懐から錆びた鉄パイプ(雷霆)を取り出した。

 太郎がそれを受け取ろうと手を伸ばす。

 しかし。

 シーン……

 鉄パイプは沈黙したままだ。

 太郎が振っても、魔力を込めても、ただの錆びた棒である。

「あれ? おっかしいなぁ。昨日はあんなに光ってたのに」

「えっと……多分、拙者の『バイトに遅刻したくない』という切実な想いが足りないのかと……」

 雷霆の意思:『断る。我が反応するのは、あの小市民の「情けない生存本能」だけだ。貴様のような完成された強者に、我の力は不要だろう』

 太郎は残念そうに鉄パイプを返した。

「ちぇっ、つまんないの。……ま、いいや。それより流賀くん、今回のスタンピード阻止、間違いなくS級の功績だよ。近隣諸国も君の噂で持ちきりだ」

 太郎は表情を引き締めた(パーカー姿だが)。

「『謎のサムライ・サスガ』。一撃で軍団を消滅させた英雄。……褒美を取らせようと思うんだけど、何か希望はある?」

 褒美。

 金か、名誉か、領地か。

 普通ならそう答えるだろう。

 だが、隆史は小心者であり、根っからのアルバイターだった。

「あ、あの……」

「うん、何でも言って」

「……昨日の、コンビニの遅刻を揉み消して頂きたく……」

「…………はい?」

 太郎がキョトンとし、横にいたサリーとライザが吹き出した。

 世界を救った報酬が、遅刻の帳消し。

 太郎は腹を抱えて笑い出した。

「あはははは! 君、本当に面白いね! バナナで死んだだけあるよ!」

「(それも知ってるんでござるか!?)」

「わかった。遅刻は不問にする。……でも、それだけじゃ僕の顔が立たないからさ」

 太郎は指をパチンと鳴らした。

 サリーが恭しく一枚の辞令を持ってくる。

「流賀隆史。君を本日付けで、『タローソン王宮特別支店』の店長に任命する!」

「て、店長……!?」

「場所は王宮の敷地内。客層は王族、貴族、騎士団。給料は今の3倍。どう? やる気ある?」

 隆史の目が、善行ポイントを見た時以上に輝いた。

 店長。

 それは、ただのバイトリーダーだった彼が夢見た、一国一城の主の座。

「や、やります! 謹んでお受けいたしまするゥゥゥ!」

 隆史は本日三度目の、最も美しい土下座を披露した。

 ***

 数日後。

 王宮の庭園にオープンした『タローソン王宮支店』。

 そこには、真新しい制服に身を包み、キリッとした顔でレジに立つ隆史の姿があった。

「いらっしゃいませー! 新商品の『ポーションおにぎり』はいかがでござるかー!」

 そして、その周りにはいつものメンバーがたむろしている。

「店長さん! 廃棄のお弁当ちょーだい!」

 リーザがレジ横でよだれを垂らしている。

「タカシ、サボってないで早く『特盛パフェ』出しなさいよ。業務命令よ」

 キャルルがイートインスペースを占領している。

「わあ、この『自動ドア』って魔法ですか? 壊したらどうなります?」

 ルナがドアに挟まって遊んでいる。

「売上は順調ですわね。……ふふ、これで私の投資も回収できそうですわ」

 リベラがバックヤードで電卓を叩いている。

 平和だ。

 魔物もいない。ドラゴンもいない。

 ただ、個性豊かな(厄介な)仲間たちと、忙しい労働があるだけ。

「……ふっ。拙者の平穏はどこでござるか」

 隆史はトングを回し、苦笑いを浮かべた。

 だが、その表情は満更でもない。

 小心者の侍、流賀隆史。

 彼の戦いは終わらない。

 世界を救い、王宮の胃袋を満たし、そして善行ポイントで伝説を作るその日まで。

 【現在の善行ポイント:125,000pt】

 【称号獲得:王宮のコンビニ店長】

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