7.【地下室の武器庫《アーセナル》】
自室に戻った俺は、ベッド脇のクローゼットを開けた。
服が吊るされている奥の壁を押すと、隠し扉が音もなくスライドする。そこから地下へと続く狭い階段が現れる。 湿った冷気と共に、機械油の匂いが漂ってきた。
ここが俺の聖域であり、工房だ。
地下室は六畳ほどの広さで、壁一面に有孔ボードが貼られている。 そこには、俺が自作、あるいは改造した様々なガジェットが吊るされていた。
俺には超能力がない。念動力で物を飛ばすことも、発火能力で敵を焼くこともできない。 だから、科学と物理で代用するしかない。
作業台の前に座り、スタンドライトをつける。
今回の相手は人間だ。怪物用の高電圧警棒だけでは心許ない。 俺は棚から一丁の拳銃を取り出した。
『グロック19・カスタム』。
組織から支給されたものをベースに、俺が手を加えたものだ。反動を抑えるコンペンセイター、暗所でも狙いやすいトリチウムサイト。 そして何より、マガジンには通常弾ではなく、特殊な「ゴム弾」と「麻酔弾」が装填されている。
「……殺さずに済めば、それが一番だ」
スライドを引き、チェンバーを確認する。金属が擦れ合う硬質な音が、地下室に響く。
父さんは「排除しろ」と言った。でも、俺はまだ人を殺したことはない。 言葉を話し、理性を保った人間を撃ち抜く覚悟が、果たして俺にあるのだろうか。
次に手に取ったのは、腕時計型のワイヤー射出機だ。
見た目は少しゴツいスマートウォッチだが、ボタン一つで極細のカーボンワイヤーを射出できる。高所への移動や、敵の拘束に使う俺の切り札だ。 メンテナンスオイルを注し、動作チェックを行う。
シュッ、という鋭い音と共にワイヤーが伸び、空き缶を絡め取る。
「よし、動作良好」
作業に没頭している間だけは、嫌なことを忘れられる。 俺はこの時間が好きだった。
ハンダごての熱、ドライバーの感触、複雑な回路図。これらは嘘をつかない。計算通りに組み上げれば、必ず答えを出してくれる。 父さんの心や、自分の運命のように、不確定で理不尽なものとは違う。
ふと、作業台の隅に置かれた写真立てに目が止まった。
幼い俺と、母さんが写っている写真だ。 俺が五歳の時、遊園地で撮ったもの。母さんは優しそうな笑顔で俺を抱きしめている。
「母さん……」
指先で、ガラス越しに母さんの顔を撫でる。 記憶の中の母さんは、いつも温かかった。海外を飛び回る父の不在を埋めるように、母さんだけが俺の世界のすべてだった。
あの日。 強盗が入ってきたあの日。
俺がもっと強ければ、何かの能力を持っていれば、母さんを守れたかもしれない。
父さんが駆けつけた時、母さんはもう冷たくなっていた。父さんは泣かなかった。「遅かったか」と呟くのみ。 俺には母さんが殺された瞬間の記憶がない。
父さんが言うには、「あまりに惨たらしい光景だったから、お前の精神を守るために記憶が消されたのだろう」だそうだ。 だから俺が覚えているのは、母さんの笑顔と、その後に残された喪失感だけ。
「強くなるよ、母さん」
俺は写真に向かって誓う。
「もう二度と、大切なものを奪わせないために。たとえ力がなくても、俺はこの手で戦う」
準備は整った。
タクティカルベストを装着し、ブーツの紐を固く結ぶ。 鏡の前で、高校生・天野駆の顔を消す。
そこに映っているのは、組織の尖兵、コードネーム『クロノス』――皮肉にも父さんがつけた、俺への戒めの名前だ。
「……行こう」
俺は地下室の照明を落とし、闇の中へと足を踏み出した。




