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母が俺を忘れても ~無能と蔑まれた少年は、静止した時の中で最強へ覚醒する~  作者: おーあい


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5.【帰路、あるいは境界線】


 通話終了のボタンを押すと、画面が暗転し、俺の疲れた顔が黒い鏡の中に映り込んだ。


 校門を出て、駅とは反対方向へ歩き出す。 夕焼けが街を毒々しいほどの茜色に染めていた。


 部活帰りの生徒たちの談笑や、自転車のブレーキ音が、背後で少しずつ遠ざかっていく。彼らの悩みは明日のテストや恋愛のことだろう。だが俺の悩みは、今夜生き延びられるかどうかだ。


 その境界線を越える瞬間は、いつも光の世界から切り離され、影の領域へと足を踏み入れる儀式のようだった。


 父さんの指示は簡潔だった。


『自宅へ戻れ。新しい仕事だ』


 仕事。


 その言葉の響きは、コンビニやファミレスでアルバイトに精を出す普通の高校生が使うそれとは、決定的に意味が異なる。 俺にとっての仕事とは、組織の汚れ役だ。社会の膿を処理し、闇に葬る、血生臭い作業のことだ。


 路地裏を抜け、人通りの少ない旧市街へと入る。


 古いレンガ造りの倉庫や、シャッターの閉まった商店が並ぶこのエリアは、再開発から取り残された街の死角だ。湿ったカビと、錆びた鉄の臭いが漂っている。


 俺たちの家――いや、父さんの「拠点」は、この丘の上にある。


 坂道を登るにつれて、息が上がる。 心臓の鼓動が早くなるのは、急な勾配のせいだけではない。


 父さんに会う。


 その事実だけで、俺の体はパブロフの犬のように条件反射し、無意識に緊張し、防衛本能を働かせ始めるのだ。胃の底が冷たく固まっていく感覚。


 おかしな話だ。実の父親に会うのに、まるで捕食者の巣穴へ向かう草食動物のような気分になるなんて。


 でも、仕方がない。


 俺は覚えている。幼い頃、父さんが裏切り者を処分した時の、あの凍りつくような冷たい目を。感情の一切を排し、ただ対象を「処理すべき障害」として見る目。


 あの目は、息子である俺を見る時も変わらない。


 期待外れ。失敗作。無能。


 言葉に出さなくとも、父さんのサングラスの奥にある瞳は、常にそう語っている。お前は私の傑作にはなれなかった、と。


 丘の上に建つ、コンクリート打ちっぱなしのモダンな邸宅が見えてきた。


 高い塀に囲まれ、監視カメラが四方に目を光らせている。 無機質で、拒絶的。


 表向きは「貿易商・天野の私邸」だが、その実態は組織の司令塔であり、武器庫であり、そして俺という道具の保管場所だ。


 重厚な鉄門が、俺の生体認証に反応して、重苦しい駆動音と共に音もなく開く。 まるで、巨大な怪物が口を開けたようだった。


 俺は深く息を吸い込み、肺の中の空気をすべて入れ替えて、覚悟を決めてからその敷居を跨いだ。

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