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母が俺を忘れても ~無能と蔑まれた少年は、静止した時の中で最強へ覚醒する~  作者: おーあい


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25.【深層への階段】

 地下三階、研究エリア。


 警報音が鳴り止まない赤い回廊を、俺は疾走していた。 呼吸は浅く、速い。心臓は肋骨を内側から殴りつけるように脈打っている。


 父への憎悪、母への哀れみ、そして自身の出生に対する絶望。それらすべてがドロドロに溶け合い、脳髄を焼き尽くすような熱となって全身を駆け巡っていた。


 精神はすでに極限状態を超えていた。 恐怖はない。あるのは、一秒でも早く父の元へ辿り着きたいという、飢餓感にも似た焦燥だけだ。


 長い廊下の突き当たり、厚い装甲扉の前で、行く手を阻む影が現れた。


 完全武装した特殊警備部隊。総勢五名。 彼らは俺の姿を認めるや否や、躊躇なくアサルトライフルを構えた。


「止まれ! 侵入者発見、即時射殺する!」


 警告と同時に、殺意の引き金が引かれる。


 距離は二十メートル。 五つの銃口から放たれる弾幕を、物理的な回避行動だけで躱すことは不可能だ。


 ――やるしかない。


 脳の奥で、生存本能が激しく警鐘を鳴らしている。 意識的な時間停止は、世界への強制介入だ。これ以上、人間の領域を超えた演算を行えば、精神が焼き切れるかもしれない。


 だが、今の俺にはブレーキなど存在しなかった。 死ぬなら死ねばいい。ただし、父さんを道連れにしてからだ。


 その捨て身の覚悟が、俺の中の「何か」を強引にこじ開けた。


(止まれ、刹那ッ!!)


 キィィィン……。


 脳を万力で締め上げられるような激痛と共に、世界から「音」と「色」が消え失せた。


 モノクロームの静寂。 俺は灰色の空間に放り出された。


 目の前には、銃口から噴き出したマズルフラッシュが、氷の彫刻のように空中で固まっている。 回転しながら飛び出した薬莢。 ライフリングの回転を残したまま、空気を切り裂く直前で停止した無数の弾丸。


 警備兵たちの表情は、引き金を引いた瞬間の獰猛さと、俺の速度への驚愕が入り混じったまま凍りついている。


 俺は地面を蹴った。


 重い。 まるで深海を走っているかのように、停止した空気が俺の体にまとわりつく。 一歩踏み出すたびに、脳の血管が軋む音がする。


(……一秒)


 弾丸の軌道を読み、最小限の動きで頭を振って躱す。 鼻先を、静止した鉛の塊がかすめる。


 いつもなら、このあたりで限界が来ていた。世界がひび割れ、強制的に時間が動き出すはずだった。 だが、今の俺は違った。


 終わらない。まだ、世界は止まっている。


(……二秒)


 俺は警備兵たちの懐へ飛び込んだ。


 怒りが、俺のキャパシティを無理やり拡張させているのか。 それとも、死の淵に立った脳が、リミッターを焼き切って火事場の馬鹿力を引き出したのか。 わからない。だが、今は「時間」がある。


 俺は先頭の男のライフルを掴み、銃口を天井へと向けさせた。


(……三秒)


 二人目、三人目の懐へ。 警棒を抜き、急所を的確に打つ。 喉仏、鳩尾、膝の皿。


 止まった肉体は岩のように硬いが、俺の拳もまた、加速した運動エネルギーを纏っている。 打撃の手応えはない。衝撃は全て「解除後」に蓄積される。


(……四秒)


 頭が割れそうだ。 両目から血が噴き出すのを感じる。視界が赤く染まる。


 脳が沸騰し、意識が飛びそうになる。 「やめろ、戻れ」と本能が叫んでいる。 だが、俺は歯を食いしばり、四人目の警備兵の背後に回り込んだ。


(……五秒)


 最後の一人。 隊長格と思われる男の眼前に立ち、その眉間に拳銃を突きつける。


 撃ち抜くことはしない。 俺は、父さんとは違う。殺戮者にはならない。 代わりに、強烈な回し蹴りを側頭部の位置に固定した。


(……六秒)


 限界だ。 世界に亀裂が走る。ガラスが砕けるような幻聴。


 俺は肺の中の空気をすべて吐き出し、世界との接続を切断した。


(解除)


 ドガガガガガガッ!!


 時間が動き出した瞬間、轟音が炸裂した。


 天井へ向かって発砲されるライフル。 同時に、五人の警備兵が、何かに弾かれたように四方八方へ吹き飛んだ。


 骨の砕ける音。うめき声。 彼らは何が起きたのか認識することすらできず、一瞬にして無力化され、床に崩れ落ちた。


「……がはッ、はぁ、はぁ……ッ!」


 俺はその場に膝をつき、大量の血を吐き出した。 口の中だけじゃない。鼻から、耳から、目から、血が溢れて止まらない。 袖で乱暴に拭うと、制服の袖がどす黒く染まった。


 六秒。 たった数秒の延長。だが、その代償は壊滅的だった。


 脳の血管が何本かイカれたかもしれない。視界が二重三重にブレて、平衡感覚がない。 意識的に時間停止を使う負担は凄まじい。


 だが、俺は笑った。 血まみれの口元を歪めて、嗤った。


 成長している。 極限のストレスと怒りが、俺の能力を「点」から「線」へ、そしてもっと長い「時間」へと進化させている。


 これなら、父さんの記憶操作にも対抗できるかもしれない。


 俺は震える足に鞭を打ち、立ち上がった。 止まるわけにはいかない。


 セキュリティゲートを強行突破し、さらに地下深くへと続く階段を駆け下りる。


 地下四階。『遺伝子解析・および適合実験室』。 ここを抜ければ、母さんのいる『セクター4』だ。


 待ってろ、父さん。 あんたが作った最高傑作が、あんたの時間を終わらせに行く。

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