24.【セクター4へ】
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
突如として、鼓膜を裂くような電子音が鳴り響いた。 研究所内の照明が落ち、代わりに回転灯の禍々しい赤色が、明滅しながら壁や床を舐め回す。
『侵入者検知。侵入者検知。管理区画にて不正アクセスを確認。全セキュリティレベルを最大に引き上げます』
無機質な女性のアナウンスが、非常事態を告げる。
バレたか。 当然だ。中枢サーバーのプロテクトを破ったのだ。組織が気づかないはずがない。 だが、もうコソコソと隠れるつもりはなかった。
俺はコンソールから顔を上げた。涙で滲んだ視界を拭い、モニターに表示された地図を睨みつける。
赤い点が点滅している場所。
『Sector 4 - Special Isolation《特別隔離区画》』。
地下五階、最深部。 そこに、母さんがいる。そして、全ての元凶もそこにいるはずだ。
ザザッ、とスピーカーにノイズが走った。 直後、アナウンスの音声を遮って、粘着質な、しかし絶対的な威厳を含んだ声が響き渡った。
『……やはり来たか。愚かな息子よ』
父の声だ。
その声を聞いた瞬間、パブロフの犬のように全身が粟立った。幼い頃から刷り込まれた畏怖と、細胞レベルでの拒絶反応。 俺は天井のスピーカーを、親の仇を見るような目つきで睨みつけた。
恐怖? いや、違う。
今、俺の腹の底で煮えたぎっているのは、恐怖すら焼き尽くすほどの純粋な殺意だ。 視界が、パトライトの赤よりも濃い、血の色に染まっていく。
『真実に辿り着いた気分はどうだ? 迷路の中を逃げ回るネズミが、ようやく見つけたチーズの味が、腐りきった絶望だった気分は』
父は笑っていた。 俺がこのデータを見て、絶望し、泣き崩れている姿を、どこかの監視カメラで見下ろして楽しんでいるのだ。
「黙れ!」
俺は叫んだ。喉が裂けそうなほどの咆哮。
「よくも……よくも母さんを! 母さんを返せ! ……いや、違う。俺が奪い返す!」 『フッ……返して欲しければ、ここまで来るがいい』
父は冷酷に嘲笑った。
『ただし、期待はするなよ。そこにお前の知っている”優しい母”がいるとは思わんことだ。 ……そこにあるのは、お前という怪物を産み落とすために消費され、使い潰された、哀れな資源の残骸に過ぎない』
資源。残骸。 あろうことか、実の妻を、息子の前でそう呼んだ。
許せない。 この男と同じ空気を吸っていることさえ、耐え難い屈辱だ。
『セクター4で待っている。……来い、刹那。お前のその忌々しい能力が、私の最高傑作として完成しているか、試してやろう』
プツン、と通信が切れる。
静寂は訪れない。代わりに、廊下の向こうから、複数の重い足音が近づいてきた。
カツ、カツ、カツ。
統率の取れた、軍靴の響き。 ただの警備員ではない。完全武装した特殊部隊か、あるいは父が「練習台」として差し向けた新たな怪物か。
殺気が、物理的な圧力となって押し寄せてくる。
俺は腰のホルスターから拳銃を抜き、スライドを引いた。
ジャキッ。
硬質な金属音が、俺の覚悟のスイッチを入れる。 大きく、深く、深呼吸をする。
肺の中に溜まっていた悲しみと涙をすべて吐き出し、代わりに凍てつくような冷たい怒りを吸い込む。
涙は枯れた。 今はただ、この怒りだけが俺を動かす燃料だ。
俺は、俺自身の時間を動かすために。 そして、父さんが支配する理不尽な時間を、永遠に止めるために。
「……行くぞ」
俺は管理室のドアを蹴り開けた。 回転灯の赤と、影の黒が交錯する廊下へ躍り出る。
灰色の時を操る、孤独な復讐戦が幕を開ける。




