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母が俺を忘れても ~無能と蔑まれた少年は、静止した時の中で最強へ覚醒する~  作者: おーあい


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17.【教官の影】

 ネットカフェを出ると、雨足はさらに強まっていた。


 アスファルトを叩く激しい雨音が、街の喧騒をすべてかき消している。 路地裏に停めたバイクのシートが濡れて黒光りし、冷たい光を放っていた。


 俺はヘルメットを被ろうとして、手が止まった。


 気配がする。 豪雨の轟音に紛れているが、うなじの毛が逆立つような、肌を刺す鋭い殺気。


 それは怪物ビーストの発する獣臭い、衝動的な殺意とは違う。もっと洗練された、研ぎ澄まされた刃物のような、静寂で冷徹な気配だ。


 俺の心臓が、警告音のようにドクリと跳ねた。 俺はゆっくりとバイクから離れ、タクティカルベストのポケットにある閃光弾に指をかけた。


「……勘だけはいいな、お前は」


 路地の暗がりから、低い声が響いた。 聞き覚えのある声だ。俺の背筋が反射的に伸びる。父さんの声を聞いた時とは違う、純粋な畏怖と、ある種の敬意を呼び起こす声。


 軍用のレインコートを着た大柄な男が、濡れたアスファルトを踏みしめて現れた。 短く刈り込んだ白髪。顔の左側に走る古傷。


 その眼光は、降りしきる雨などものともせず、獲物を追い詰めた狼のように俺を射抜いていた。


「…大賀教官」


 俺は呻くようにその名を呼んだ。 大賀鉄心おおが てっしん


 組織の戦闘教官であり、能力を持たない俺に、格闘術、射撃、ガジェットの使い方……生き残るための全ての技術を叩き込んでくれた師匠だ。 俺の今の強さは、全てこの人がくれたものだ。俺が唯一、父さん以外で信頼していた大人。


「なぜ、あなたが」


「裏切り者の処分だ。宗一様からの直命だよ」


 大賀は表情一つ変えずに言った。 雨水が彼の顔の傷を伝って流れ落ちる。そこには、かつて俺に向けられていた厳しくも温かい指導者の顔はなかった。あるのは、任務を遂行する機械の冷たさだけだ。


「木島を殺さず、データを持ち出したな? お前ならそうするかもしれんと思っていたよ。お前は甘い。非情になりきれん」


「……あの中身を見たんですか」


 俺は問いかけた。雨に濡れた拳を握りしめる。


「あの中には、父さんが隠している真実がある。犠牲になった人たちのリストも、母さんが生きている証拠も! 俺たちが信じてきた正義は、全部嘘だったんですよ! あなたも騙されていたんだ!」


「それがどうした」


 大賀の言葉は、氷点下の刃のように冷たかった。


組織われわれの目的は世界の守護だ。そのための犠牲は許容される。たとえそれがどんなに醜い真実であろうと、秩序を守るためには必要な杭なのだ。 ……駆、お前もその一部として育てたはずだ」


 大賀がコートの内側から、二本のナイフを抜いた。


 特殊合金製のコンバットナイフ。鈍い光を放つその刃は、これまで数多の異能者を葬ってきた「人間凶器」の牙だ。 彼は能力者ではない。だが、その技量はどんな能力よりも恐ろしいことを、俺は骨の髄まで知っている。何度もあのナイフに床を舐めさせられた恐怖が蘇る。


「帰ってこい、駆。今ならまだ、私が宗一様に口添えしてやる。データと記憶を差し出せば、命だけは助かる」


「断る」


 俺は即答した。震える足を地面に突き刺す。


「俺はもう、父さんの道具じゃない。俺の名前は……駆じゃない」


「……ほう」


 大賀が目を細めた。殺気が膨れ上がり、周囲の雨粒さえも弾き飛ばすような圧力が俺を襲う。


「なら、死ね。出来損ないが」


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