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母が俺を忘れても ~無能と蔑まれた少年は、静止した時の中で最強へ覚醒する~  作者: おーあい


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16.【真実の名前】

 俺は息を呑んだ。 『LOG_CHRONOS』フォルダのパスワードのヒント。


 止まった秒針。


 俺は無意識に左手首の腕時計を見た。 安物のデジタル時計。今は『03:15』を表示し、秒針代わりのドットがチカチカと点滅して時を刻んでいる。


 だが、この時計は頻繁に遅れる。特に、俺が死にかけるような戦闘の直後には必ず。さっきの逃亡劇の間にも、また数分遅れていた。


「……木島は知っていたのか」


 俺の時間がズレる現象を。 そしてそれをパスワードにするということは、この現象こそが、俺自身の正体に関わる鍵だということだ。


 俺は『LOG_CHRONOS』のフォルダを再び開いた。 パスワード入力欄が点滅している。


 止まった秒針。つまり、数字ではない? 俺にとっての「止まった時間」を意味する言葉。


 俺は入力欄に、思いつく単語を打ち込んだ。


『ZERO』……Error。 『LAG』……Error。 『STOP』……Error。


 違う。もっと感覚的なものだ。 俺が戦いの中で感じる、あの一瞬の永遠。 世界が凍りつき、俺だけが動ける、あの極小の時間。


 ふと、なぜか一つの単語が脳裏に浮かんだ。


 仏教用語で、時間の最小単位。一瞬。 なぜそれを知っているのか分からない。誰かに教わった記憶はない。それとも、記憶を消されるよりもっと前、魂の奥底に刻まれていた言葉なのか。


 俺は吸い寄せられるようにキーボードを叩いた。


『S・E・T・S・U・N・A』


 Enterキーを押す。 画面が暗転する。 そして、緑色の文字が表示された。


【ACCESS GRANTED】


「え……?」


 開いた。 背筋に悪寒が走る。なぜだ? ただの思いつきだったはずなのに。指が勝手に動いたかのように、正解を導き出した。


 フォルダの中には、一際大きなドキュメントファイルがあった。 そのタイトルを見て、俺の思考が停止した。


『被検体名:天野刹那《Subject: SETSUNA》 観察記録』


「……せつな?」


 誰だ、それは。 俺の名前は駆だ。天野駆だ。


 だが、添付されている写真は、紛れもなく幼い頃の俺だった。 俺の顔写真の横に、その名前が刻まれている。


『天野 刹那』。


 その文字を見た瞬間、胸の奥で何かが弾けた。 懐かしさ。愛おしさ。そして、それを無理やり剥ぎ取られたような、激しい喪失感。


 俺は震える目で、その下の記述を追った。


『対象は、極度の感情的負荷をトリガーとして、瞬間的な時間停止(Time Stop)を発現させる。』 『停止時間は平均して0.5秒〜3.0秒(推測結果)。本人はその事実を認識しておらず、”反射神経”や”運”として処理している。』


 時間停止。 その四文字が、俺の脳内で爆発した。


 俺の時計が遅れる理由。 俺が死ぬはずだった攻撃を、なぜか躱せていた理由。


 俺は、時間を止めていたのか? 俺に才能がないんじゃない。俺の能力は、無自覚なまま発動していただけだったのか。


 さらに、備考欄の記述が俺を打ちのめした。


『管理者(父・天野宗一)による特記事項:  この能力は、管理者の支配を脅かす最大の危険因子である。  よって、私の能力により対象の人格を”無能な道具・天野駆”へと書き換え、能力の自覚的成長を阻害する。  真名「刹那」は母親によって命名されたが、剥奪する。母親との絆、および自己肯定感を徹底的に破壊せよ』


 ドォン、と何かが崩れる音がした。 俺の中で、父さんという絶対的な巨像が、足元から崩れ落ちていく音だった。


 俺は、天野駆じゃなかった。 俺が信じてきた名前も、人格も、「才能がないから人の何倍も努力しなきゃいけない」という健気な決意も。


 すべて、父さんが俺を支配するために植え付けた、偽りのプログラムだった。


「……う、あぁ……」


 喉の奥から、慟哭が漏れた。


 薄暗いネットカフェの個室で、俺は声を押し殺して泣いた。 悔しかった。 俺は父さんに愛されたくて、必死に生きてきた。泥水をすすり、傷だらけになっても、いつか「よくやった」と頭を撫でてくれると信じて。


 でも、父さんは俺を愛してなんていなかった。 父さんは俺を恐れていた。俺の力が、自分の支配を覆すことを恐れて、俺を無能な道具に作り変えたんだ。


 モニターの中で、幼い俺――刹那が笑っている。 まだ、母さんに愛され、本当の名前で呼ばれていた頃の俺。


 俺は涙を袖で乱暴に拭った。 泣いている場合じゃない。


 真実はわかった。 俺は「道具」じゃない。「駆」でもない。 俺は「刹那」だ。


 俺はPCからUSBメモリを引き抜いた。


 行く場所は決まった。 天野製薬・第三研究所。 そこに母さんがいる。そして、俺が取り戻すべき「俺自身」も、きっとそこにある。


 俺は個室を出た。 自動ドアが開く。 雨はまだ降り続いていたが、もう寒くはなかった。


 胸の奥に、父への激しい怒りと、本当の名前という消えない炎が灯っていたからだ。

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