14. 電子の迷宮】
自動ドアをくぐると、店内は薄暗く、澱んだ空気が漂っていた。
饐えた煙草の臭い、誰かが食べているカップラーメンの安っぽいスパイスの匂い、そして湿った埃の匂いが混じり合い、鼻をつく。 ブースのPCファンが唸る低い駆動音が、絶え間ないノイズとなって空間を満たしている。
ここには、世界から隠れたい人間たちの負のオーラが充満していた。 今の俺には、それが妙に心地よい。
俺は受付を済ませ、一番奥の、監視カメラの死角になる個室を選んだ。
狭いフラットシートに座り込み、タクティカルベストの隠しポケットからUSBメモリを取り出す。 黒い、何の変哲もないスティック。この小さな箱の中に、俺の人生を覆すかもしれない何かが眠っている。
「……よし」
俺は唾を飲み込み、震える指先を抑えながら、PCのポートにそれを差し込んだ。
ポーン、と軽い認識音が鳴る。 画面上に『NO NAME』というドライブが表示された。
ダブルクリックする。一瞬のロード時間が、永遠のように長く感じられた。 ウィンドウが開き、フォルダが三つ表示された。
『PROJECT_EDEN』 『LIST_SUBJECT』 『LOG_CHRONOS』
心臓が跳ねた。
『CHRONOS』。俺のコードネームだ。 俺の記録? 任務のログだろうか? なぜ木島が俺の記録を持っている?
吸い寄せられるようにマウスを操作し、そのフォルダを開こうとする。
カチッ。
次の瞬間、画面中央に赤い警告ウィンドウが弾け飛んだ。
【ACCESS DENIED:PASSWORD REQUIRED】
「……くそっ」
悪態をつき、シートの背もたれに体を預ける。やはり、パスワードがかかっているか。
木島は何も教えてくれなかった。いや、教える時間がなかったのか。あるいは、俺なら解けると踏んだのか。
俺はキーボードに指を走らせた。 父の誕生日。組織の設立日。俺の誕生日。母さんの命日。
『Error』 『Error』
弾かれる。これ以上、当てずっぽうは危険だ。回数制限でデータが自動消去されるリスクがある。
焦りが滲む。額の汗を拭い、俺は一度深呼吸をした。 まずは、開けるものから見るんだ。
俺はパスワードがかかっていない別のフォルダ『LIST_SUBJECT《被検体リスト》』をクリックした。
開いた。
画面にずらりと並ぶ、無機質なID番号と顔写真。スクロールする手が止まらない。 そこには、俺が今夜殺した怪物たちの「人間だった頃」の姿があった。
笑顔の主婦、真面目そうなサラリーマン、制服を着た学生……。 行方不明者としてニュースになっていた人々の顔だ。
父さんは言っていた。「奴らは人間を辞めた化け物だ。社会の癌だ」と。 だが、ここにあるデータは、彼らが「組織によって拉致され、実験体にされた」ことを冷酷な数値と共に示していた。
「父さん……あんた、何をしてるんだ」
吐き気がした。胃液がせり上がってくるのを必死に飲み込む。
正義のため? 世界を守るため? これが正義なら、悪とは一体何なんだ。
俺はずっと、被害者を救うヒーローのつもりで、被害者そのものを始末していたのか。 俺の手は、罪のない人々の血で汚れていたのか。




