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母が俺を忘れても ~無能と蔑まれた少年は、静止した時の中で最強へ覚醒する~  作者: おーあい


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11.【最初の反逆】

膝の力が抜けそうになるのを、必死で堪えた。


鼻孔を突く、鉄錆のような血の臭い。 目の前には、物言わぬ肉塊となった木島が転がっている。つい数秒前まで、俺に真実を伝えようとしていた男だ。


そして、広がり続ける血だまりの手前に、彼が命と引き換えに託したUSBメモリが落ちている。


黒く、小さなスティック。 だが今の俺には、それが世界を破滅させる起爆スイッチのように見えた。


『処理班を突入させる。お前は現場を離脱しろ』


インカム越しに響く、父さんの事務的な指示。人の死など、書類上の処理事項としか思っていない冷徹な声。 その声を聞いた瞬間、俺の中で、張り詰めていた何かがプツリと切れる音がした。


父さんは、母さんのことを隠している。 木島を殺したのは、裏切りへの制裁じゃない。不都合な真実を闇に葬るための口封じだ。


俺はずっと、父さんの役に立ちたくて、父さんの掲げる「世界の守護」という正義を信じて戦ってきた。泥水をすすり、傷だらけになりながら、それが正しい道だと信じて疑わなかった。


でも、今の父さんのやり方は正義なのか? これは、ただの保身じゃないのか?


(知りたい)


強烈な渇望が湧き上がる。本当のことが知りたい。 母さんは生きているのか。俺の能力とは何なのか。木島が最期に言おうとしたことは何だったのか。


俺は震える手を伸ばし、デスクの上のUSBメモリを掴んだ。 指先に伝わる、金属の冷たく硬質な感触。


これをこのまま処理班に渡せば、父さんは喜ぶだろう。「よくやった」と、初めて俺を褒めてくれるかもしれない。そうすれば、俺はまた「従順な息子」に戻れる。


だが、その代償として、その中身を見ることは永遠にできなくなる。真実は永遠に闇の底だ。


『クロノス、聞こえているか? 返事をしろ』


父さんの苛立った声が鼓膜を打つ。 喉がカラカラに乾いていた。唾を飲み込む音さえ、インカムに拾われそうで怖い。


「……はい」


俺は声を絞り出した。普段通りの、感情のない報告トーンを作るのに全神経を注ぐ。


「ターゲットの死亡を確認しました。……データは見当たりません」


嘘をついた。


人生で初めて、絶対的な支配者である父さんに、明確な意思を持って嘘をついた。 心臓が破裂しそうだ。全身の毛穴から冷や汗が噴き出す。


もし今のでバレたら? 声の震えで悟られたら? そうすれば俺は殺される。あるいは記憶を消され、廃人のようにされるかもしれない。根源的な恐怖がこみ上げる。


『……そうか。パソコンごと破壊されたか、あるいは虚勢だったか』


父さんの声に、疑いの色はなかった。


安堵と共に、黒い感情が胸に広がる。


父さんは俺を信用したんじゃない。俺を「無能」だと思っているからだ。無能で愚直な息子が、偉大な父親を欺くような大それた真似をする知能など持ち合わせているはずがないと、高をくくっているのだ。


その侮蔑が、今は俺を救った。皮肉な話だ。


「すぐに撤収します」


俺はUSBメモリをタクティカルベストの左胸、隠しポケットにねじ込んだ。 心臓の真上で、その小さな異物が焼けるように熱を帯びているのを感じる。これはもう、ただのデータじゃない。俺の命そのものだ。


死体を見下ろす。 木島の見開かれた瞳が、虚空を見つめたまま俺を射抜いている気がした。


『選べ』と、彼は言った。俺は選んだ。修羅の道を。


「……すまない」


小さく呟き、俺は彼の手を借りて、その瞼を閉じた。 手の甲についた返り血を拭う。


さっき、一瞬だけ腕時計を見た。


止まっていた。 木島が撃たれた瞬間、また俺の時計の秒針は止まっていたのだ。


もし俺が、その「止まった時間」を認識し、操ることができていれば。 あの見えない弾丸を止めることができたのだろうか。


答えは、懐の中にある。


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