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母が俺を忘れても ~無能と蔑まれた少年は、静止した時の中で最強へ覚醒する~  作者: おーあい


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9.【ひび割れた記憶】

 頭蓋骨の内側から、鋭利な楔を打ち込まれたような激痛が走った。


「ぐ、ぁ……ッ!」


 俺は呻き声を上げ、デスクに片手をついて身体を支えた。 銃口が下を向く。視界がホワイトアウトし、平衡感覚が失われる。


 スピーカーから流れるハミングは、まだ続いていた。


 ――フフフ、フフーン……


 優しい旋律だ。 幼い子供を寝かしつけるような、慈愛に満ちた声。


 なのに、俺の脳はこの音を拒絶していた。聞いてはいけない。思い出してはいけない。 これは毒だ。父さんの作った完璧な城壁を溶かす、猛毒だ。


(違う。母さんは死んだんだ)


 俺の記憶の中の母さんは、血の海の中で動かなくなっていた。 ……いや、待て。


 本当に、そうだったか? 俺は「見た」のか? それとも、「父さんから聞いた」だけなのか?


 思い出そうとすると、霧がかかったように思考が滑る。


「……思い出したか?」


 木島の声が、遠くから聞こえた。 俺は荒い息を吐きながら、顔を上げた。脂汗で前髪が張り付いている。


「なんなんだ、これは……! アンタ、何をした!?」 「何もしていない。ただ、ある『記録』を再生しただけだ」


 木島は椅子に座ったまま、哀れむような目で俺を見ていた。


「お前は母親が死んだと信じている。だが、その確信はどこから来る? 自分の目で見た記憶か? それとも……『そう教え込まれた』という事実か?」


「黙れッ!」


 俺は再び銃を突きつけた。手が震えて止まらない。


「父さんを侮辱するな! 父さんは俺を……俺を守るために!」 「守る? 本当にそうか?」


 木島は静かに問いかけた。


「宗一はお前に何を言った? 『お前は無能だ』『才能がない』……そうやって、お前から自信と疑問を奪い続けてきたんじゃないのか?」


 図星だった。 心臓が早鐘を打つ。


「この音声データの作成日は、お前の母親が『死んだ』とされる日の一年後だ」


 木島は残酷な事実を突きつけた。


「死人が歌を歌えるか? 答えろ、天野駆。お前が信じている世界は、本当に正しいのか?」


 グラリ、と足元が揺らぐ気がした。


 母さんは生きている? じゃあ、俺が毎月手を合わせているあの墓は? 父さんが語ったあの悲劇は? 全部、嘘なのか?


 いや、そんなはずはない。父さんがそんな巨大な嘘をつく理由がない。


「やめろ……聞きたくない」


「逃げるな! お前の母親は今も生きている! 彼女は、ある場所に幽閉され――」


『――そこまでだ』


 冷徹な声が、インカムを通して脳髄に響いた。


 俺の背筋が凍りついた。 父さんだ。


「と、父さん……?」 『ご苦労だった、クロノス。ターゲットの確保は不要だ。即刻、排除しろ』


 排除。 殺せ、という意味だ。


 俺は木島を見た。彼は俺のインカムの声が聞こえていないはずだが、俺の表情を見て全てを悟ったようだった。


「……宗一か」


 木島は静かに呟いた。


「命令が下ったんだな? 私を殺せと」

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