辿(たど)り着けない男性
夜の長電話には、お酒と食べものがセットで必要である。私は飲みながら、複数のお菓子をちびちびと食べていく。今月末はハロウィンがあるから、というわけでもないけど、私たちの話題はお菓子に移っていった。
「だからね。チップスターは、他のポテトチップスとは違うの。あれは王さまなのよ、ポテト界のMVPと言えるわ」
『そんな立ち位置? 筒に入ってて、値段が他よりも高めで、それなのに量は少なめの製品じゃない。あれ45グラムしかないでしょうに』
「そこがいいのよ! 筒に入ってて、更に銀紙に包まれてるからいいの。他のチップスは袋に入ってるだけだから、一度あけちゃったら保存がしにくいわ。チップスターは少しずつ食べられるから、他のお菓子と一緒に楽しめるのよ。お酒にも合うしね」
私はうすしお味のチップスターが好みだ。ポテトチップスはプリングルスも筒状の容器だが、あれは何故だか、底がスチール製である。鉄の部分を分別して捨てなくてはいけないので、どうにも面倒くさい。チップスターは今後も、私の中ではスターであり続けることだろう。
「『きのこの山』と『たけのこの里』が、生誕から五十周年らしいね。公式サイトで見たけど、日本ではたけのこの里が人気で、世界的にはきのこの山が人気なんだって。たけのこって、西洋ではあまり食べられてない気がするんだけど、それが原因かしら。
まあ私も、どちらかと言えばたけのこ派だし、本物のたけのこも大好きだけど。単純に、たけのこの里の方が、チョコ部分は大きい気がするのよ。そこは、やっぱり重要じゃないかしら。きのこの山もたけのこの里も『いちご&ショコラ味』が出てるけど、あれは一つのチョコが半分ずつ、別の味になってるのよね。
異なる二つの味を一つのチョコで楽しむには、やっぱりある程度の大きさが必要だと思うの。きのこの山は、その点でも不利じゃないかな。クラッカー部分だけ大きくても、そこで味付けが変わるわけじゃないしねぇ。そんな理由で私はたけのこの里派なんだけど貴女はどう?」
『どうでもいいわよ。それより、ちょっと気になるものを見た話があるんだけど』
彼女に私の話を断ち切られる。ひょっとしたら彼女は、きのこの山派だったのかもしれない。
「なになに、怖い話? というか面白い人なら私も見たよ。電車の中で見た男性なんだけどさ」
『ふーん? じゃあ、そっちを先に聞きましょうか』
彼女が私の話を聞きに回った。さっきから私ばかり喋ってる気がするけど、ずいぶん彼女は辛抱強いなぁと思った。立場が逆なら、とっくに私は電話を切ってるのではないか。ありがたい話し相手である。
「いや、そんな大した話じゃないんだけどね。ほら私の近所って、電車のローカル線が走ってるじゃない。ひたすら二駅間を往復するだけの路線で、片道五分くらいで到着するんだけど。その路線から普通は、私も含めて別の路線に乗り換えて、街へ遊びに行ったり。戻ってくるときは逆に、ローカル線へ乗り換えて、私の場合は自宅に帰ったりするのよ」
『うん、知ってるわよ。そのローカル線の電車で、面白い男性を見たってこと?』
「まあね。といっても、その人は派手なことなんか、してないんだけど。ただ座ってるだけで」
この説明だけでは、なにが『面白い』のか、さっぱりわからないだろう。電話の向こうで、彼女は考え込んでいた。
『……まだ、なにか隠してるんでしょ。その人、座ってなにをしているのよ』
「座ってできることなんて、そんなにないでしょ。答えを言うと、ノートパソコンを膝の上に載せてね。ひたすら文章をタイピングしてるのよ。それも、何時間もね」
『……ローカル線に、何時間も乗り続けてるってこと? なんで貴女、それがわかるの? ずっと見てたわけじゃないんでしょ』
「わかるわよ。見たのは日曜日なんだけどさ。私は午前中に自宅から街へ行って、その途中でローカル線に乗って、車内でノートパソコン男性さんを見たの。それで電車が停まって私や他の人がホームへ降りても、ノートパソコンさんは降りないのよ。電車のドアは閉まって、ローカル線は元の駅へ戻っていったわ。
もう、わかるでしょ? 午後になって、私は街から電車で家へ帰って。それでローカル線に乗ったら、いたのよ。ミスター・ノートパソコンが、午前中に座ってたときと同じ席にね」
ちょっとパソコンの画面をのぞき込んだら、やっぱり午前中と同様に、彼は文章をタイピングし続けていた。内容まではわからないけど、あれは小説だったんだろうと私は思う。
『ローカル線で、ひたすら二駅間を往復し続けてる男性……。ホラー小説になりそうね』
それはそう、確かにそう。いつまでも目的地に辿り着けない地縛霊の話が、西尾維新の小説にあったなぁ。『化物語』だっけ。きっと優れた作家は、日常で見かけた光景をジャンル小説に仕上げてしまうのだろう。私はこうやって電話でそのまま彼女に話してしまうから凡人なのだ。
「よく喫茶店とかで客が、何時間も居座ってノートパソコンの作業をしてたりするじゃない。試験勉強や、締め切りに追われたマンガ家なんだろうけど、そういうのと比べたらマシな人じゃないかな。ローカル線に一人、座り続ける人がいても、そこまで迷惑がられないし」
図書館で書けば良いんじゃないかと思わなくもないけど、その辺りは事情があるのかもだ。図書館よりも電車の中の方が、適度に人のざわめきがあって刺激になるのかもしれない。窓の外を見れば景色も動くし。
『食事はどうしてるのかしら。ずっと飲まず食わずで座りっぱなし?』
「知らないけど、ホームに降りれば飲みものは自動販売機があるしね。たぶん二駅のどっちかが、彼の自宅近くで。お昼過ぎには駅から出て、適当に外食してるんでしょ。それでまたローカル線に乗って、何時間かパソコンで執筆してから家に帰るんじゃないの。それなら電車代はローカル線の往復代だけで済むわ」
彼の努力が報われる日は来るのだろうか。もう見ているだけで存在が面白いから、今後も頑張っていただきたい。ちなみにノートパソコン氏を見たのは一度だけで、毎日いたら鉄道会社の人から叱られそうだから、ほどほどにすることを私はお勧めする。




