3話
「イメージだ、龍堂くん。君の感情の揺らぎが世界を歪めるのなら、逆にその感情に**明確な『意図』**を持たせるんだ」
神崎 愁からそう言われた日から、一週間が経過した。明は放課後、毎日「ワールドクリアランサー」の地下施設に通い、能力の制御訓練を受けている。
訓練室には、様々な物体が置かれている。歪んだスプーン、ねじ曲がったパイプ、そしてもちろん、神崎が丸めたペン。彼の課題は、それらをまっすぐな状態に戻すことだった。
明は目を閉じ、呼吸を整える。自分の胸の奥に渦巻く感情の塊に意識を集中する。
(まっすぐに……元の形に……)
強く念じる。心を静かに保ち、歪みを直すイメージを具体的に思い描く。ペンが元の直線に戻る様子、物質の分子が正しい位置に戻る感覚。
そして、目を開き、ペンに向かって手をかざす。
しかし、ペンはピクリともしない。
「くそっ……!」
明は思わず苛立ちを覚える。その瞬間、訓練室の隅にあった金属製の椅子が、わずかに傾いだ。
「ストップ、龍堂くん」
神崎が冷静な声で制止する。彼は優雅に椅子から立ち上がり、傾いた椅子を指差した。
「今、また君の感情が世界に干渉した。イライラ、焦燥。そういった負の感情は、君の能力にとって最高の燃料になってしまう。イメージをせずにただ感情に任せてしまうと世界はただ歪む」
神崎はそう言って笑うが、明にとっては厳しい現実だった。一週間、必死にやったが、いまだに成功例はゼロだ。
「イメージって言われても……どうやったら、明確な『イメージ』なんて持てるんだよ。俺の力は、勝手に暴走するだけなのに」
「暴走?それは違う。君は、世界に干渉する力を持っている。それが**『壊す』**という形しか現れてないだけだ。しかしそれは、君が世界を『守りたい』と願う気持ちを実現することができる事の裏返しでもある」
神崎は明に近づき、肩に手を置いた。
「君が最初に歪みを起こしたのは、なにかで心を痛めた時だろう?それは世界を壊すほどの『怒り』であり、同時に**『平穏であってほしい』**という強い願いだ。その純粋な願いを、力の中心に据えるんだ」
明は、神崎の言葉にハッとする。両親の仲直りを見て、安堵したときの感情。あの平穏を取り戻したいという強い思い。
(平穏……)
明は再び目を閉じ、心を落ち着かせようとする。頭の中に、両親が笑い合う光景を、平和な営みを、歪みのないまっすぐな世界を思い描く。
その時、訓練室の扉が開き、久寿川りんが慌てた様子で入ってきた。
「神崎さん、明!」
りんの顔は緊張にこわばっている。彼女は手に持った小型の端末の画面を、神崎に見せた。
「緊急事態よ。観測チームから連絡。グレードBの歪みが、この街の東部で発生したわ」
「グレードBだと?」神崎の穏やかだった顔つきが一変する。
「アナライザーの報告によると、歪みの波形が急速に拡大している。これは、**『壊す人』**が意図的に世界に干渉している可能性が高いわ」
「壊す人……?」明が問いかける。
りんは明の目を真っ直ぐに見つめ、強い口調で言った。
「歪みを直すのが私たちワールドクリアランサー。そして、意図的に歪みを広げ、世界を崩壊させようとするのが**『デストロイヤー(壊す人)』**よ。私たちにとって、最も危険な存在だ。
私たちは**『壊す人』**の影響が強くなれば最終的に世界全てが崩壊すると考えてるの」
神崎は端末をりんから受け取り、素早く操作した。
「りん、君とアナライザーチームは即座に歪みの波形を解析。対象の能力と規模を特定してくれ。
龍堂くん」
神崎は振り返り、明を見つめた。
「イメージの訓練は一時中断だ。一緒に行こう。君の『平穏』を取り戻すためにどうすればいいのか見えてくるものもあるかもしれない」
明は、自分の力の制御はまだできていない。しかし、目の前で、誰かが世界を意図的に壊そうとしている。
(平穏であってほしい――)
頭の中に、神崎の言葉が響く。
「……はい!」
明は強く頷いた。自分の力が、壊すためではなく、守るために使われる。その新しい『意味』を、彼は手に入れようとしていた。
二人は地下の倉庫から、東の空が不気味に赤く染まり始めた地上へと急いだ。




