開花
「ベグリ、俺も同じような夢をずっと見ていた。そして夢を終わらせるには復讐を遂げるしかなかった。だがそなたには可能性がある。その夢で見せた弟妹の姿を現実にするという希望が」
顔が炎でじりじりと熱され、汗がにじみ出る。
希望というのは、まさしく炎と同じだ。
灯がともっているうちは、その手にできる可能性が微小でも残っているということだ。
「いいかベグリ、お前はヒュイで暴れるわけでも、敵を殺すために戦うわけでもないだろう。家族を救い出すことだけ考えるんだ。そうすれば、そなたの宿願は必ず果たされる」
ベグリの肩にそっと手を置くと、凪いだように震えが止まった。
「無事に帰ったら、お前の家族とハクラと一緒に飲み明かそうじゃないか。俺はあまり飲めないが」
ベグリは俯いていたが、笑っていたと思う。
気が付くとベグリは座ったまま寝息を立てていた。
風邪をひくといけないので起こそうとしたが、よほど疲労がたまっていたのだろう。 全く起きる気配がなかった。
しばらくするとベグリは俺に身を寄せてきたので、結局俺もこの暗い森の中で眠った。
――――
朝の木漏れ日が、俺の顔を直撃した。まぶしくて目が開けられない。
小鳥がさえずる音が聞こえ、俯いて目を開けると、燃え尽きた木の棒が灰になっていた。
ベグリは目覚めて皆のところに戻ったのだろうか、身を寄せられていた肩は痛かったが、その原因はいなくなっていた。
あくびをしながらシジュたちのもとに戻ると、まだ三人は眠っていて、ハクラはその近くで干した米を噛んでいた。
干した米や肉は飽きた。メイやルナの料理が食べたい。
特に、ルナが一度作ったハンバーグとかいう肉を細かくしたものを固めて焼いたものが食べたい。あれは旨かった。
「どうした。女のことでも考えているのか」
突然の呼びかけに全身が緊張して強張った。
声の主は目覚めたばかりのはずなのに、機敏な動きで体を起こした。
その男、シジュは散らかった顎髭を撫でながら、見透かすような顔で俺を見ていた。
「女というよりはそいつが作ってくれた食い物のことだな」
「ああ、あの奇妙な猫耳娘のか」
「やはりお前も奇妙だと思うか」
「そりゃそうだろ。なんだあの耳と尻尾は」
シジュは飽きれ笑いをしながら腕を組んだ。
やはりこの男だけは、俺と同じ感性を持っている。
「わからん。ハクラやベグリもあいつを見ても何も思わんようだし、お前以外にあいつの存在に対して疑問を抱いた人間を見たことがない」
「はあ、なにかあんのかね。俺とお前に」
「⋯⋯さあな」
もともとこの世界の住民でなかった俺があいつを受け入れられないことから、同じ感性のシジュも元は別の世界の住民だったのかと考えたが、それならハクラがなんとも思っていないことがなぞとして残る。
「まあいいか。あの国の住民がおかしいだけかもしれんしな」
なんだかひどい言い方に聞こえるが、賊だから仕方ないのか。
ハクラたちも起きると、俺たちはヒュイに向かって進みだした。
どうやら、ヒュイは海の近くにあるらしい。
道中ハクラから話を聞いたが、ヒュイは海運業で栄えたらしく、都市の中では絹の生産が盛んらしい。
城と港が一体となっていると言っていたが、どんな形をしているのだろうか。残念ながら中へは入れなさそうなのだが。
川の近くからヒュイが見えなかったのは、地形が緩やかな下りになっていたからのようだった。
実際、振り返っても川の向こうにあった森林の姿も隠れそうになっている。
城の姿が見えてきた。
ボクレンの首都と同じく、壁に囲まれているが、その高さは遠目に見てもヒュイのほうがはるかに高く、四角い城壁ではなく、弧を描くように湾曲していることから、おそらくは円形か不規則な形になっているのか。
手前前方に城門らしきものがありそうだが、その付近だけ擁壁が少しばかり低い。
おそらくは、門を二重にして城門付近に囲いを作り、敵が侵入したら奥の門を固くし、上から攻撃を浴びせるための設備だろう。
「しかし、ここから見ても大きいな」
ボクレンの首都の倍以上はあるはずだ。白近辺の畑も広大で、緑や小麦色の作物が周辺を覆っている。
左手には海が見え、右手には渡ってきた川の支流が流れ、都市近辺まで伸びている。
海は斉に行くまで見たことがなかったが、やはりどこを見てもその壮大な規模には息をのむ。
「でだシジュ。俺たちはこれからどうする」
祭礼前で城に入れないなら、野宿するほかないが、この近辺には森のように身を隠す場所はない。まあ、森へ戻るのもできない距離ではないのだが。正直面倒だ。
「ん、俺の仲間が城から出てくるのを待つ。入城できているなら、すでに作戦は進んでいるはずだ。ほら見ろ望」
シジュは顎で右手の岩山を示した。山が連なる一角に、微かなかがり火が見える。
「おそらくはあそこが祭礼の場所だ。生贄を救うのは簡単だ。あそこを狙うか道中を狙うか、城を狙うか選びたい放題だからな」
岩山の山頂部に、平らな場所があるのだろう。そこなら乱戦になっても戦いやすさはあるだろうが、問題は生贄連中を連れて降りるのが困難なことと、奴隷がすべて生贄になるとは限らないことだ。
というか、大体の生贄は商のように罪人ではないかと考えている。
死罪に値する囚人たちが連れていかれるはずだ。
そんなの俺だって救う気はない。
「望、お前ならどこで戦う」
俺を試すような目つきでシジュが言う。
「俺なら都市だな。騒ぎを起こした混乱に乗じて奴隷を逃がす」
「そうか。俺もそれを考えてた」
簡潔にシジュは微笑した。
都市で戦うとなると、相手する数は増えるに違いないが、混乱を起こせば奴隷が逃げ出す機会は増える。
「なら、そのための策を講じているのか」
俺と同じ考えなら、シジュはすでに具体案を描き、部下に命じているはずだ。
「ああ。まあそれについてはあいつと合流したら教えてやろう。お前たちは敵を殺す心構えだけしておけ」
となりでベグリがのどを鳴らし、ハクラは変わりがなかった。
城に近づいてきたが、住民は普通に外に出て仕事をしているし、見張りは城壁の上に入る物の、完全に部外者をはじき出すという様子ではない。
この時期に来た旅人が、城に入れず飢え死にする分には問題はないのだろう。
「お、来たな」
シジュが呟く。その目線の先から、男がひとりこちらへとかけてくる。
よく見るとその男は、以前集落を訪ねた時に最初に出会った若い青年だった。
彼を覚えていたのか、ハクラが「マーシュじゃないですか」と目を大きくした。
青年の名前はそういえば知らなかったが、とにかくそのマーシュが前方からやってくる。
「シジュ様。お待ちしてました」
我々のことは気にも留めず、シジュに向かって頭を下げる。
「ああ。で、中はどうだ」
「祭礼の時期と鉢合わせしてしまいましたが、首尾は上々です」
「どうか。ところで祭礼はいつなのだ」
「三日後です。今頃、生贄はたらふく食わされているところでしょう」
生贄に食事を与えるのは、超えた生贄をささげる風習でもあるからだろうが、聞いているだけでこっちの食欲が失せる。
「ならほかのやつに伝えろ。結構は明日の昼だ」
シジュは白昼堂々首都で騒ぎを起こすようだ。
「承知しました」
一礼して戻ろうとするマーシュをシジュが引き留める。
「ああまて、城に自由に出入りできないようだが、お前はどうやって出てきた」
「ああ、これです」
マーシュは懐に手を入れ、小さな木片のようなものを取り出した。
木片には字が書いてあるが、案の定読めない。通行手形だろうか。
「農民や商人は国内においてはこの手形を持ってさえいれば行き来が許されます。どうでしょう。これをシジュ様にお渡しするので中の様子を探られては。あと、最後に来た者たちの姿を見ていないので、おそらくどこかで野宿でもしているのかと」
「そうか分かった。城に入るのは遠慮しておく。俺は明日こいつらと乗り込むことにする。そうつらは⋯⋯まあいい、見かけてないが騒ぎが起きれば気づくはずだろ」
なんとなく海岸を見てみれば、岩場の波打ち際に、何度も何度も波が押し寄せていた。
海だから当たり前だとは言え、新鮮に見えた。
「わかりました」
「すべて予定通りにしろよ。船の収容人数はどうだ」
「三隻あるので我々と奴隷連中を入れるには十分かと」
「わかった。あの城門から突入するから頼むぞ。あとこれを持って行ってどこかの貴族の家か王宮でも燃やしてやれ」
シジュが親指で示したのは、ずっと運んできた荷車だ。
ようやくわかった。この荷車に大量に敷き詰められた藁は食べ物を補完するためでも、寝床にするための者でもなく、燃やして騒ぎを起こすためのものだったのだ。
「わかりました。では明日」
マーシュは荷車を引き取ると、そのまま城に向かって戻っていった。
なんか突然明日決行することになり、さすがに緊張で鼓動が速くなる。
「シジュ、明日ならそろそろ作戦の全容を教えてくれ」
まあ大体は予想できているのだが、やはり全て知っておきたい。
というか考えてみれば、俺たちはあの城壁の中を何も知らないで戦わなければならないのだ。
これほど困難な戦いはまずない。
「ああ。なら森まで戻るか」
シジュは踵を返してきた道をたどりだした。
俺はハクラと顔を見合わせ、シジュの後を追った。
歩いてばかりの日々が終わると思うと、これから血みどろの戦いに身を置くことになるとはわかっていながらも、足が軽くなった。
そういえば、この世界で死んだら俺は今度こそあの世というところに行くのだろうか。
森に戻り、輪になって座りながら、シジュから作戦の全容を聞くことにした。
シジュは足を組みながら、首を回した。ぽきっという音が周りに響くくらい凝っていたらしい。
「策はいたって単純だ。あの場内の各地で火事を起こし、混乱に乗じて奴隷たちを救出、あの城の南⋯⋯今俺たちが見たら左手の港から船で逃げる。以上だ」
単純だがそれが難しいのだろう。何せ俺たちの人数は百人に満たない。
対して相手は、あの城の中の兵士だけでも少なくとも500近い常備軍がいるはずだ。何しろ首都なのだから。
「奴隷救出は俺の仲間に任せたらいい。まあお前らに目当てのやつがいるなら自分の足で探し回るんだな」
ベグリに続いて、ハクラが背筋を伸ばす。
メイの兄のことを考えたのか。
「ていうのは冗談で、もうすでに奴隷たちにもあいつらが流した流言が広まってるはずだからそんな必要ないんだがな」
シジュはベグリとハクラに向けてほくそ笑んだ。やはり性格が悪い。
「すでに城中にはこんな話が出回ってるはずだ。大火事の日に奴隷たちをすべて開放する。逃げ出したい奴は港まで来いとな」
しかしこの用意周到さは見習いたい。俺なんて商人を殺したときはルナを少し利用しただけで後は力押しだった。
「なら俺たちの仕事は、港に向かいながら兵を切り倒してく。これでいいんだな」
シジュが頷く。そしておもむろに歯を見せた。
「ああ。余裕があれば略奪してくれても構わんぞ」
「⋯⋯遠慮しておこう」
この男が言うと冗談かどうかわかりにくい。たぶん本気だろうし。
「では、明日に備えて英気を養うとするか」
シジュは膝を叩くと、青年に顎を突き出した。
「あ、シジュ様⋯⋯」
青年は顔を引きつらせながら声量を徐々に小さくしていく。
「あの荷車に酒も食べ物も全部入ってます⋯⋯」
青年の一言で、場が凍り付いたのが分かった。
ハクラとベグリはともかく、シジュでさえも状況を信じたくないのか、口を開けて固まっている。
「おい、じゃあ俺たち今日飲まず食わずか」
「はい。もうしわけありません」
半分泣きそうな顔で青年は頭を地面にこすりつけた。
当然、謝罪相手は俺たちではなくシジュひとりだが。




