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その96 恐怖の深淵

◆邪神軍・虚無の牢獄


「ふふふ……どうやら貴様に、私の拷問がどこまで続くことやら…」


「ならば今度は、趣向を変えるわ。

 貴様の『魂の深淵』を覗かせてもらう」


 邪神姫アザトース=アポフィス=ド・ティラミス=ラグナロク=ペルセポネ=あんみつ九世は、けんたろうの額にそっと指を触れた。


「人間の魂には、本人すら気づかぬ『根源的な恐怖』が眠っているという」


「それを引きずり出し、目の前に見せつければ、いかに屈強な精神といえど崩壊するはずよ」


「さあ、見せなさい。貴様が最も恐れるものを……!」


 邪神姫の魔力が、けんたろうの意識の奥深くへと侵入していく。

 そして、彼女が見たもの――。


~~川~~


 それは、果てしなく続く地平線。

 何もない大地に、ただ一人たたずむけんたろう。

 そこへ、満面の笑みを浮かべた魔王ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世が現れる。


『婿よ! 見よ! おぬしのために、大地を平らにしておいたぞ!』

『さあ、二人だけの世界・ならし記念デートじゃ! どこまでも歩こうぞ!』


 果てのない、逃げ場のない、永遠に続く地平線デート。


~~川~~


 その光景を覗き見た瞬間、全能の邪神姫の顔から、スッと血の気が引いた。


(な……なんなの、この女は……!?)


(愛が……重すぎる……! この恐怖は、宇宙の法則が乱れるレベル……!)


 邪神姫は思わずけんたろうから指を離し、数歩後ずさった。

 その顔には、生まれて初めて浮かべる「恐怖」の色があった。


(こ、こいつ……こんな地獄のすぐ隣で、今まで生きてきたというの……!?)


 けんたろうは、知らないうちに、邪神姫にすら同情される存在となっていた。



◆邪神軍本拠地:神殿最奥・玉座の間


 エキドナの呪いが、ヴェリタスの漆黒の盾に吸い込まれていく。


「くっ……! 私の呪いがまるで効かないなんて……!」


「エキドナ、退きなさい。その盾との相性が悪すぎる」


 ニャルラトホテプの冷静な声が響く。 エキドナは悔しそうに唇をかみ、後方へと下がった。

 邪神軍の連携が機能し始める。

 エキドナはアーリマンのそばに駆け寄り、強力な治癒魔法を施す。

「ダメージを少しでも回復しなくては」

 それは、傷を治すと同時に、生命力を吸い取る呪われた魔法だった。

(あら、ついでに彼の魔力も少しいただいておきましょう。美容のためにね)


「では、次の相手は――」

 ニャルラトホテプが新たな指示を出そうとした、その時。


「待て」


 パズスの、地獄の底から響くような声が響いた。

 彼の体から、今までの比ではない、純粋な憎悪に満ちた邪気が噴き出す。


「俺は、あいつをやる!!!」


 パズスが指さしたのは、魔王軍冥術士デュランダル。


 その異常なまでの殺気に、仲間であるはずの邪神軍幹部たちがドン引きする。


「お、おい、パズス……どうしたんだよ急に」

「ええ……ちょっと怖い……。

 あいつ、あなたの親でも殺したの?」


 アーリマンとエキドナの問いかけも、今のパズスの耳には届いていなかった。


「……赤いたぬきと、緑のきつね……!」


 その言葉に、今まで静観していた魔王軍騎士デュランダルが、ピクッと肩を震わせた。

 そのわずかな反応を、パズスは見逃さなかった。


「貴様は……やはり、あの時のッ……!

 ラジオネーム『赤いたぬきと緑のきつね』だなッ!?」


「な、何の話だ……?」


 デュランダルは冷静さを装うが、その声はわずかに上ずっている。

 パズスの殺気は、今や憎しみを超え、個人的な恨みの炎となって燃え上がっていた。



◆勇者一行:強盗団の洞窟


 洞窟の中は、魔物の巣窟となっていた。 しかし、今の勇者パーティーの敵ではない。


「はぁっ!」

 カティアの剣がゴブリンの群れを切り裂き、エルの魔法が巨大コウモリを撃ち落とす。

 ミレルカの回復魔法は出番がなかった。


「みんな強くなった……!これなら楽勝ね!」


 リリィの言葉通り、一行はあっという間にアジトの最深部にたどり着く。

 そこには、縛られた唐辛子屋の店主と、その奥さんの姿があった。


「助けに来ました!」

 ミレルカが駆け寄り、縄を解く。


「おお、勇者様! ありがとうございます!」


 夫婦を連れて洞窟の出口へ向かうと、そこには強盗団が待ち構えていた。

 その中心に立つ男を見て、リリィはニヤリと笑う。


「あら、あなた……どこかで見た顔ね」


「へっ! 覚えていたか、勇者様よぉ!

 アルデンヌの塔で煮え湯を飲まされた、盗人堀木だ!」


「今度こそ、お宝も女も、全部いただくぜ!」


「はぁ……めんどくさい」


 リリィは剣を抜くことすらせず、だるそうに一歩前に出た。


 ボカッ! バキッ! ドゴォッ!


 まるで大人が子供をあやすように。

 リリィは拳と蹴りだけで、襲いかかってくる強盗たちを次々とのしていく。

 神の加護を受けた勇者にとって、ただの人間の強盗団など、邪魔な小石と変わらなかった。


 数秒後、堀木を除くすべての強盗が、地面に伸びていた。

 腰を抜かした堀木の前に立ち、リリィは冷たく言い放つ。


「さて、と。

 お前たちが今まで盗んだお宝、全部置いていきなさい。

 見逃してあげるから」


「ひっ……! わ、わかった……!」


 堀木が震えながら宝のありかを白状する。


 リリィは肩をすくめ、仲間たちに向かってゲスの格言を叫んだ。


「覚えておきなさい! 時は金なり!

 面倒な雑魚は、一秒でも早く片付けるのが一番の節約よ!」

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