その95 邪神姫式ストレス発散と、洞窟丸焼き作戦
◆邪神軍・虚無の牢獄
「ふふふ……どうやら感覚への刺激は、すべて貴様へのご褒美になってしまうようね」
「ならば今度は、貴様の心そのものを破壊してやるわ」
邪神姫アザトース=アポフィス=ド・ティラミス=ラグナロク=ペルセポネ=あんみつ九世は、けんたろうの前に巨大な邪神像を出現させた。
「貴様の中に溜まった日頃の不満やうっぷんを、すべて吐き出させる」
「そして、空っぽになった心を、私のための絶望で満たしてあげるのよ」
「さあ、この邪神像に向かって、心の叫びをぶつけるがいい!」
けんたろうは最初、戸惑っていた。
しかし、魔王様への恐怖、邪神姫への恐怖、元の世界に帰れない不満があふれ出す。
「うおおおおぉぉぉ! なんで俺がこんな目にぃぃぃ!」
「魔王様はすぐ地平線とか作るし! ケーキ入刀は魔剣だし!」
「そもそも、どいつもこいつも名前が長すぎるんだよぉぉぉぉ!!!」
けんたろうは叫びながら、邪神像を殴り続けた。
殴って、殴って、殴りまくって――。
……はぁ、はぁ……。
(……あれ? なんか、めちゃくちゃスッキリした……)
その様子を見て、邪神姫は満足げに頷いた。
「ククク……心の壁が壊れ始めたようね。いい傾向だわ」
けんたろうにとって、それは拷問という名の最高のストレス発散であった。
◆邪神軍本拠地:神殿最奥・玉座の間
ハドうーとエキドナの戦いが始まろうとするその瞬間。
魔王軍の黒騎士ヴェリタスが静かに前に出た。
「総司令官、ここは私にお任せを」
「あら、今度は貴方がお相手? いいわ、その綺麗な顔を、醜い化物に変えてあげる」
エキドナの手から、万物を歪める呪いの光「インセイン・ミューテーション」が放たれる。
しかし、ヴェリタスは動じない。
漆黒の大盾「ダークイージスシルド」を構え、その呪いを正面から受け止めた。
呪いの光は盾に吸い込まれ、跡形もなく消え去る。
「なっ……!? 私の美を汚す呪いが、効かないですって!?」
エキドナが驚愕の声を上げる。
ヴェリタスは静かに告げた。
「この盾は、魔王様より賜った至高の盾。あらゆる呪いを反射する、絶対の鏡」
「己の醜さを見つめるがいい」
盾の表面は鏡のように磨き上げられており、そこにエキドナの姿が映し出されていた。
「……まあ」
エキドナは、盾に映る自分の顔を食い入るように見つめ、ハッとした表情になった。
「今日の私、なんだか肌のツヤが最高じゃない……!? この角度、完璧だわ……!」
彼女は戦闘も忘れ、うっとりと自分の姿に見とれ始めた。
その様子に、ヴェリタスは静かにつぶやいた。
「……話を聞け」
◆勇者一行:強盗団のアジトへ続く道
一行は、強盗団のアジトだという洞窟の入り口に到着した。
「よし、乗り込んで、人質を助け出すぞ!」
カティアが剣を抜き放つ。
「はい! 困っている人は、助けなければいけません!」
ミレルカが杖を握りしめる。
「さっさと片付けて、唐辛子を手に入れるわよ」
エルがぶっきらぼうに言う。
三人が突入しようとしたその時、リリィがそれを手で制した。
「よし、みんな! 火をつけるわよ!」
「「「え?」」」
仲間たちの困惑をよそに、リリィは得意げに作戦を語る。
「洞窟の出口は一つ。
入り口で火を焚いて煙でいぶせば、強盗たちは人質を置いてでも逃げてくるわ。
そこを一網打尽にするの。合理的でしょ?」
そのあまりにも危険な作戦に、仲間たちが一斉にツッコミを入れた。
「人質も窒息するわ!」
「山火事になったらどうするのよ!」
「火をつけてばっかりだろ!」
「「「そういうのやめろ!!!」」」
リリィは、仲間たちの抗議にやれやれと肩をすくめ、ゲスの格言を放った。
「 最小の労力で最大の結果を! そのための多少の犠牲は、必要経費よ!」




