その94 魔王の婿、拷問を受け続ける…
「ふふふ……どうやら眠り責めも、貴様にはただの休息だったようね」
「ならば今度は、貴様の全身の神経を刺激し、感覚を暴走させて精神を破壊してくれるわ」
邪神姫は妖しく微笑むと、けんたろうをうつ伏せに寝かせた。
「人間の体には『経絡』と呼ばれる神経のツボがあるという」
「そこを的確に刺激し続けることで、脳に過剰な信号を送り、思考をショートさせるのよ」
「さあ、悶え苦しむがいい!」
邪神姫の細い指が、けんたろうの背中にそっと置かれた。
そして、神の領域の力加減で、凝り固まったツボを的確に押し始める。
ゴリッ、ゴリッ……。
(うおぉぉぉぉ! そこ! そこ! 俺の万年肩こりの芯にダイレクトヒットしてる!)
(異世界に来てからの疲労が、全部溶けていく……!)
あまりの気持ちよさに、けんたろうの口から恍惚のため息が漏れた。
「……ふぅぅぅ……」
「ククク……どうだ、苦しいか!
はやくも意味不明な声を発しているではないか!」
(ここで気持ちいいって言ったら絶対やめちゃう!)
「く、苦しいです……!
その絶妙な指圧、意識が飛びそうです……!
あ、もう少し右……!」
「そうか! そこが貴様の弱点ね! 集中して責めてやるわ!」
けんたろうにとって、それは拷問という名の最高級マッサージであった。
◆邪神軍本拠地:神殿最奥・玉座の間
水蒸気が晴れ、再び対峙する魔王軍と邪神軍。
邪神軍最強の魔女、エキドナがハドうーの前に進み出た。
「あら、見かけ倒しかしら?
その程度の炎で、私を焼けると思っているの?」
「いいわ、もう一度、私にその極大呪文とやらを撃ってごらんなさいよ」
妖艶な挑発に、ハドうーの眉がピクリと動く。
「……後悔するなよ、女」
ハドうーの両手に、先ほどを上回る灼熱の炎が渦を巻く。
「ベヂラゴソ!!!」
再び放たれた極大火炎呪文。
対するエキドナも、絶対零度の冷気を凝縮させる。
「ブリザギャ!」
炎と氷が再び激突し、玉座の間は凄まじい水蒸気に包まれた。
だが、エキドナはその場から一歩も動かない。
もうもうと立ち上る高温のスチームを、恍惚の表情で全身に浴びていた。
「ああ……やはり戦場で浴びる天然のスチームは、肌の保湿に一番……儲けたわ」
その言葉に、後方の邪神軍幹部たちが心の中でツッコミを入れた。
(((ゲスセコォォォ〜〜〜!!!)))
◆勇者一行:香辛料の街バーラト
東方の街道を抜け、一行は異国情緒あふれる街、バーラトに到着した。
市場を歩くと、ついに目当てのものを発見する。鮮やかな赤い実――唐辛子だ。
しかし、店には「本日休業」の札がかかっている。
近くの商人に話を聞くと、店の主人の奥さんが、ならず者の強盗団にさらわれ、アジトに連れ去られたという。
主人は、たった今、なけなしの金を持って、奥さんを助けにアジトへ向かったそうだ。
「なんてこと……!
助けに行きましょう!」
ミレルカが悲痛な声を上げる。
「そうよ! 勇者でしょ、私たち!」
エルも同意する。
だが、リリィは冷たく言い放った。
「そんなことは置いておいて、別の問屋を探しましょ。
さっさと唐辛子を手に入れて、イスバニャに戻るわよ」
「ひどい! 人の心はないの!?」
カティアが詰め寄る。
するとリリィは、ふと何かをひらめいたように、ゲスな笑みを浮かべた。
「……まあ、待ちなさい。
考えが変わったわ」
「人助けも、たまにはいいかもしれない」
リリィの心変わりに、仲間たちが顔を輝かせる。
しかし、彼女の言葉には続きがあった。
「あの店主、強盗団のアジトに『なけなしの金』を持って行ったのよね?」
「ということは、そのアジトには、強盗団が今までため込んだお宝がザックザクあるはずだわ!」
「私たちは、そのお宝をいただきに行くだけ。
そのついでに、夫婦を助けてあげる。一石二鳥じゃない」
そのあまりにも自分本位な理屈に、仲間たちは唖然とするしかなかった。
リリィは剣を抜き、高らかにゲスの格言を叫んだ。
「覚えておきなさい! 善意はタダじゃない!
だからこそ、ハイリターンが見込める投資先に限るのよ!」




