その93 安眠拷問と、唐辛子ファンド
◆邪神軍・虚無の牢獄
「ふふふ……どうやら貴様には、快楽責めはご褒美だったようね」
「ならば今度は、貴様の意識そのものを、永遠の眠りという名の虚無に沈めてやるわ」
邪神姫は妖しく微笑むと、けんたろうを柔らかなベッドに横たえた。
「人間は眠ることで精神を回復させるという。
ならば、その眠りから永遠に覚めさせなければ、貴様の意識は肉体から切り離され、やがて無に帰すだろう」
「さあ、二度と覚めることのない悪夢に沈むがいい!」
ふわり、とけんたろうの体は、雲のように柔らかい布団に包まれた。
部屋には心を落ち着かせるアロマの香りが漂い、耳障りな音は一切しない、完璧な静寂。
(うわ……この布団、天国かよ……)
(異世界に来てから、ずっと気を張ってたからな……)
日頃の疲れとストレスがピークに達していたけんたろうの意識は、数秒も経たずに安らかな眠りの底へと落ちていった。
すー、すー、と穏やかな寝息を立てるけんたろう。
その安らかな寝顔を見下ろし、邪神姫は満足げに頷いた。
「ククク……効いているようね。
もはや意識は混濁し、抵抗する気力すら失ったか。面白い」
けんたろうにとって、それは拷問という名の極上のリラクゼーションタイムであった。
◆邪神軍本拠地:神殿最奥・玉座の間
壁に叩きつけられ、身動きが取れないアーリマン。
その姿を見下ろし、魔王軍総司令官ハドうーは静かにとどめを宣告した。
「消えろ」
ハドうーの両手に、灼熱の炎が渦を巻いて集まっていく。
空間の水分が蒸発し、世界そのものが燃え尽きるかのような絶望的な熱量。
「ベヂラゴソ!!!」
極大火炎呪文が、紅蓮の龍となってアーリマンに襲いかかる。
「まずい!」
その瞬間、万魔の母エキドナが叫んだ。
彼女の手から、絶対零度の冷気が放たれる。
「ブリザギャ!」
炎の龍と氷の吹雪が空間の真ん中で激突し、すさまじい水蒸気爆発を起こした。
視界が白く染まる中、ニャルラトホテプが影のように動き、アーリマンを回収して後方へ下がる。
「どうやら我々には、チームプレイが必要なようですね」
ニャルラトホテプは冷静に告げる。
その一方で、パズスの視線は別の場所にくぎ付けになっていた。
魔王軍の騎士デュランダルが、次の手を読むためにパラパラと冥術の書をめくっている。
その古びた革の表紙の裏に、キラリと光るものがあった。
『オールナイト・ヘル』の最優秀ハガキ職人にのみ贈られる、番組特製のゴールドステッカー。
パズスのこめかみに、青筋が浮かんだ。
(貴様だけは……! 貴様だけは、俺がこの手で……!)
彼の殺意は、今や目の前の戦いではなく、ただ一点に向けられていた。
◆勇者一行:東方の街道
「あの、リリィ様って……どれくらい強いんですか?」
焚き火を囲みながら、ミレルカがおずおずと尋ねた。
「そうねぇ。そこらへんの雑魚には負けないでしょ」
リリィは火に薪をくべながら、こともなげに言う。
「魔王軍の総司令官に、ワニ野郎、ピラミッドにいたやつ……」
「あの時はギリギリだったけど、装備も整った今なら、確実に倒せるわね」
その言葉には、絶対的な自信が満ちていた。 だが、リリィはふと真剣な表情になる。
「でも、問題は魔王よ」
「それがどれだけ強いのか、全く見当がつかない」
「自分をどこまで強くすれば勝てるのか、ゴールが見えないの。
だから、情報が欲しい……」
その横顔を見て、カティアは思った。
(なんか……すごく、勇者っぽい……!)
仲間たちの間に、リーダーを尊敬する良い空気が流れる。
リリィは、仲間たちの顔を見回し、ニヤリと笑った。
「そこでだ! この『唐辛子』よ!」
「これを見つけ次第、種を確保!
イスバニャで独占栽培し、莫大な利益を上げる!」
「その金で情報網を構築するの!
これは『唐辛子ファンド』! 魔王討伐のための必要経費よ!」
「みんなも出資者として協力してよね!
配当金(給料)は……魔王を倒した後で払うから!」
その言葉に、仲間たちの魂が叫んだ。
「「「それってただの出資法違反だーーーっ!!!」」」
ゲスセコ~!




