その91 勇者リリィの毒と策略
◆虚無の牢獄
「今日は拷問。貴様には泣いてもらうわ」
邪神姫アザトース=アポフィス=ド・ティラミス=ラグナロク=ペルセポネ=あんみつ9世が、扇を打ち鳴らす。
けんたろうは震えた。
(終わった……)
「さあ、次の拷問よ。
貴様の一番恥ずかしい記憶をこの空間に再現し、みんなに見せてやるわ。
羞恥心で精神をズタズタにしてあげる」
邪神姫が指を鳴らすと、けんたろうの目の前に巨大なスクリーンが現れた。
そこに映ったのは、中学生時代の黒歴史ノートの1ページ。
『――漆黒の堕天使が奏でる絶望の鎮魂歌。
月の涙にぬれたこの世界で、俺は孤独な刃をふるう……』
「やめてぇぇぇぇぇぇ!!!!」
けんたろうは顔を真っ赤にして絶叫した。
しかし、邪神姫はそのポエムを真剣な表情で読み込み、ふむ、と頷いた。
「……荒削りだが、悪くない。
この混沌とした世界観、根源的な闇への渇望……
特に『月の涙にぬれた世界』という比喩表現。
才能があるではないか」
「え?」
「凡百の人間には、とうていたどり着けぬ深い闇を、
貴様は中学生にして覗いていたというのか。
すばらしいわ。もっと見せなさい。続きを」
「え、あ、はい……って、嬉しくないから!
ぜんぜん嬉しくないから!」
まさかの高評価に、けんたろうは羞恥とほんの少しの喜びで、情緒がめちゃくちゃになっていた。
◆邪神軍本拠地:神殿最奥・玉座の間
一触即発。
神々の領域に立つ8人の悪が、互いの出方をうかがっていた。
アーリマンとハドうーが、互いの破壊衝動をぶつけ合い、
エキドナとヴェリタスが、欺瞞と誘惑の視線を交わす。
熱風の王パズスは、対峙する炎の魔人ファイアイスに、全神経を集中させようとしていた。
だが――。
(なぜだ……!
なぜ俺は、いつもあの男の後塵を拝せねばならんのだッ…!)
彼の脳裏に、目の前の敵ではなく、宿敵の姿がうかぶ。
(ラジオネーム『赤いたぬきと緑のきつね』!
昨日も『オールナイト・ヘル』で、俺の渾身のネタを差し置いて、
あいつの『魔王様と二人乗りしてみたい乗り物、魔界三輪車』が採用された…!
この屈辱…!)
その時、パズスの視界の端で、
魔王軍冥術士デュランダルが、懐から何かを取り出し、
その輝きを確かめるように、そっとなでた。
それは、最優秀ハガキ職人にのみ贈られる、番組特製のゴールドステッカー。
パズスの脳内に、雷が落ちた。
(ま、さか……!
あの男が……俺の宿敵……
『赤いたぬきと緑のきつね』ッ!?)
パズスの殺意と憎悪が、ファイアイスを通りこし、
あらぬ方向――デュランダルへと一直線に突きささる。
(!?なぜ俺ではなくデュランダルの方を……?
俺、何かしたか?)
ファイアイスは、自分に向けられるべき殺気がそれていく不可解な現象に、ただ困惑するしかなかった。
そして、デュランダル――その通り名は「冥界の語り部ネクロノーム」。
闇の知識をあやつり、死者の声を聞く者。
彼の沈黙は、すべてを語る。
◆勇者一行:港湾国家イスバニャ
砂漠を超え、勇者一行は海に面した国、イスバニャに到着した。
王に謁見すると、玉座にいたのは、食欲がなくげっそりとした王様だった。
「おお、勇者リリィよ……
余は今、病で何を食べても味がせぬのじゃ。
ただ一つ、東方の国にあるという、燃えるように辛い『唐辛子』であれば、
あるいは食欲が戻るやもしれん……」
王は古い書物を取り出し、唐辛子の絵が描かれたページをリリィに見せた。
「もしこれを見つけてきてくれたなら、褒美としてこの国一番の船を授けよう!」
謁見を終え、城を出た一行。
ミレルカが
「王様、おかわいそうに……」
とつぶやくと、
リリィはニヤリとゲスい笑みをうかべ、仲間たちに耳打ちした。
「ねぇ、今の絵、見た? ただの赤い実だったわよね。
ほら、あそこの植えこみに生えてる、鳥も食べないような毒の実にそっくりじゃない?」
「えっ……」
「あれを大量につんで『これが希少な唐辛子です』って献上するのよ。
どうせ王様は味覚がないんだから、バレるわけないわ。
これで船はいただきね!」
そのあまりにもゲスでセコい犯罪計画に、仲間たちが絶叫した。
「王様を毒殺して船を奪う気か!」
「それもう勇者のやることじゃない!
ただの海賊の手口だよ!」
「一線超えちゃダメですリリィ様ーーーっ!!」




