その88 邪神姫の玩具、あるいは完璧なる清掃
◆虚無の牢獄
邪神姫――アザトース=アポフィス=ド・ティラミス=ラグナロク=ペルセポネ=あんみつ九世は、けんたろうを値踏みするように見つめていた。
その瞳には感情がなく、ただ目の前の存在を分析しているかのようだ。
「おまえが、あの魔王が大事にしている人間か……
ふぅん。なるほど、脆そうな玩具ね」
興味はある。
だがそれは、子供が新しいおもちゃに向ける類いのもの。
邪神姫はけんたろうの耳元に顔を寄せ、熱い吐息と共に囁いた。
「ねぇ、あんな古臭い女より、私の方が刺激的だと思わない?
おまえを私のものにしてあげたら、あの女、どんな顔をするかしら……」
その声は甘美でありながら、けんたろうの背筋を凍らせた。
愛も恋もない。
あるのは、魔王への対抗心からくる純粋な支配欲だけ。
(この人、俺のことモノとしか見てない……!
魔王様が怒った時とは違う、底なしの冷たさを感じる……!)
けんたろうは恐怖のあまり、震えが止まらなかった。
その反応を見て、邪神姫は楽しそうに目を細める。
「ふふ、可愛い反応。もっと鳴かせてみたくなったわ」
彼女にとって、けんたろうの恐怖すら、魔王を打ちのめすための絶好のスパイスに過ぎなかった。
◆邪神軍本拠地:冒涜の神殿
魔王軍の侵攻を受け、邪神軍最高幹部の間には緊張が走っていた。
その中で、千の貌を持つトリックスター、ニャルラトホテプが神殿の地図を広げ、指で厳しくなぞりながら口を開いた。
「……看過できん。
連中の進軍経路を徹底的に『浄化』する。
一匹たりとも、塵芥すら残さぬ完璧な『清掃』が必要だ」
その言葉に、アーリマンがニヤリと口角を上げる。
「なるほど…敵の痕跡を完全に消し去り、後続部隊の補給と精神を削ぐって魂胆か。
えげつねぇな、おまえらしいぜ」
「まあ、汚れた者どもを根絶やしにする…
なんて美しい響き。
さすがはニャルラトホテプね」
エキドナがうっとりと相槌を打つ。
しかし、ニャルラトホテプの思考は、彼らの想像を遥かに超越した領域にあった。
(あのハドうーとかいう脳筋魔族、土足で我が神殿に入りおって…!
泥のついた足跡だと!?
断じて許せんッ!
奴らが通った床、壁、天井、すべてプラズマで滅菌消毒してやる!
仕上げに絶対零度の聖風でホコリ一つ残さず吹き飛ばさなければ、私の精神衛生が保たれんのだッ!!)
壮大な殲滅作戦かと思われたその策謀の正体は、ただの潔癖症の発露であった。
◆勇者一行:ピラミッド脱出口
朝日の中、勇者一行はピラミッドから這い出てきた。
全員、財宝でパンパンに膨れた袋を背負い、疲労困憊の様子だ。
「やった……!
これだけあれば、当分は最高級の宿に泊まれるわ…!」
カティアがへたり込みながらも嬉しそうに言う。
「うん! まずは街に戻って、おいしいものをいっぱい食べよう!」
エルも笑顔で応じた。
しかし、リーダーであるリリィは、金貨を一枚取り出して太陽にかざし、うっとりと呟いた後、仲間たちに向き直って最高のゲス顔で宣言した。
「甘いわね、3人とも。
これは次の冒険への『種銭』よ。
この潤沢な資金を元手に、ピラミッドを観光スポットにして、未開のダンジョンに投資してフランチャイズ展開するわ!
目指せ、ダンジョンオーナー!不労所得よ!」
その瞬間、疲れ切っていた仲間たちは最後の力を振り絞り、一斉にずっこけた。
「「「私達、一攫千金を夢見るベンチャー企業じゃなくて勇者パーティーなんですけど!?」」」
リリィ「我儲ける、ゆえに我あり」
「「「名言っぽくまとめるな!!!」」」




