その86 神々の黄昏、あるいは一人のハガキ職人の苦悩
◆邪神軍本拠地:混沌の渦
邪神軍の本拠地『冒涜の神殿』。
その玉座の間では、四人の最高幹部による軍議が開かれていた。
彼らは、ただの狂人や快楽主義者の集まりではない。
それぞれが、一つの理を司る、歩く災害そのものである。
千の貌を持つトリックスター、ニャルラトホテプ。
彼の策謀は国家を内側から崩壊させる。
万魔の母たるエキドナ。
彼女の美貌は生命の理を歪め、醜悪な怪物を生み出す。
絶対悪の化身、アーリマン。
彼の存在は世界を劣化させ、その拳は山を砕く。
そして、熱風と疫病の王、パズス。
古代において数多の文明を滅ぼしてきた災厄の王。
今、そのパズスが、禍々しいオーラを放ちながら黙して荒ぶっていた。
ゴゴゴゴ…と空間が歪み、彼の周囲だけ時空が不安定になっている。
その凄まじい怒気に、他の三人は戦慄していた。
ニャルラトホテプ「パズスよ…その怒気、まさか魔王軍を待たずして、この世界そのものを無に帰すつもりか…?」
エキドナ「ふふふ…恐ろしい男。これほどの混沌の化身が、敵ではなくて本当によかったわ」
アーリマン「おいおい、俺の獲物まで消し飛ばすんじゃねえぞ…」
しかし、パズスの怒りの原因は、魔王軍ではなかった。
(なぜだ…なぜ、採用されんのだッ!! ラジオネーム『羽虫の王』! お題『もしも魔王様があなたの隣に引っ越してきたら?』への回答、『とりあえずチャイムを鳴らして「お宅、テレビ映ります?」と聞く』! この完璧な回答が、なぜだ!? 先週採用された『魔王が隣なら壁ドン(物理)で挨拶』などに、俺の渾身のネタが負けたというのかッ!?)
彼の荒ぶりの原因は、魔界の深夜ラジオ『オールナイト・ヘル』に自分の投稿が採用されないことへの、焦りとふがいなさであった。
◆邪神軍最終防衛ライン:魔王軍の進撃
その頃、魔王軍けんたろう救出部隊は、神殿へと続く最後の回廊に到達していた。
そこには、これまでとは比較にならない邪気を放つ、巨大な門番が待ち構えている。
邪神が太古に滅ぼした神々の骸を繋ぎ合わせた、悪趣味なガーディアンだ。
ガーディアンが、天を揺るがすほどの咆哮と共に、巨大な腕を振り下ろす。
ファイアイス、ヴェリタス、デュランダルが迎撃しようと身構えた、その時。
彼らの前に、総司令官ハドうーが静かに立った。
彼は、ただ一言、呟いた。
「―――どけ」
次の瞬間。ハドうーは、背中の戦斧を抜いてすらいない。
ただ、振り下ろされる巨大な腕を、無造作に片手で受け止めた。
ミシリ、と空間が軋む音がする。
ガーディアンの巨腕が、まるで卵を握り潰すかのように、ハドうーの握力だけで粉々に砕け散った。
ガーディアンは、自らの腕に何が起きたのか理解する前に、その存在ごと凄まじい衝撃波によって消滅していた。
あまりの瞬殺劇に、ファイアイスが思わず叫ぶ。
「拍子抜けするわ!」
◆リリィとバルド、戦いは最終局面へ
ピラミッドの最深部。
リリィとバルドの死闘は、最終局面を迎えていた。
両者の実力は拮抗していた。
いや、純粋な剣の技量においては、百戦錬磨のバルドがリリィを上回っていた。
彼の剣は、流水のように相手の攻撃を受け流し、岩を砕くように鋭い一撃を放つ、まさに達人の域。
しかし、リリィにはそれを覆すだけの「理不尽」があった。
神の加護。
それは、彼女の身体能力、反射神経、そしてパワーといった基礎能力を、人の領域を遥かに超えた次元にまで引き上げていた。
「もはやこれまで! 我が奥義、受けてみよ!」
バルドは渾身の闘気を剣に込め、必殺技を放つ。
「マッディスクライドッ!!」
それは、泥流のように重く、滑るように速い斬撃の嵐。
常人ならば、その一太刀すら見切ることのできない神速の連撃。
リリィはその全てを、驚異的な反射神経で捉えていた。
しかし、あまりにも速く、多角的な攻撃に、完全には回避しきれない。
数発の斬撃が、リリィの肩や腕を浅く、しかし確実に切り裂いていく。
「ぐっ…!」
鮮血が舞い、鋭い痛みが走る。
だが、リリィの瞳の光は、一切衰えていなかった。
(…速い。でも、まだ見える!)
致命傷は避けた。
その事実が、リリィに勝利への道筋を示す。
「どうした、バルド! 息が上がってるぞ! それがアンタの全力か!」
リリィは傷の痛みなど意にも介さず、反撃に転じる。
彼女の一撃は、バルドのように洗練されてはいない。
だが、一振り一振りが、城壁すら砕くほどの凄まじいパワーを秘めていた。
バルドはリリィの猛攻を、卓越した技術で捌き切る。
しかし、剣を打ち合わせるたびに、腕に響く衝撃は彼の体力を確実に奪っていく。
(馬鹿な…! 我が渾身の奥義を食らって、なぜ、まだこれほどの力が…!)
そして、ついにその瞬間が訪れる。
バルドの必殺の連撃、そのほんの一瞬の隙間。
常人ならば決して捉えることのできない、コンマ数秒の硬直。
リリィは、それを見逃さなかった。
「終わりだ!」
リリィが放った最後の一閃は、もはや剣技ではなかった。
小細工なし。
ただ純粋に、神の領域のパワーとスピードを乗せた、渾身の一撃。
バルドはそれを防ごうと剣を構えるが、彼の剣はリリィの一撃に触れた瞬間、凄まじい衝撃に耐えきれず、粉々に砕け散った。
「なっ…!?」
そのままリリィの剣はバルドの漆黒の鎧を切り裂き、彼を壁に叩きつけた。
「こんな人間がいるなんて…」
深手を負い、意識が遠のく中、バルドは己の常識が覆されるのを感じていた。
技術も、経験も、覚悟も、自分は決して負けていなかった。
しかし、目の前の少女は、その全てを、ただ純粋な「才能」と「神の寵愛」という、あまりにも理不尽な力でねじ伏せたのだ。
勇者リリィは、ただ、強かった。 それだけが、この戦いの真実だった。
神の加護を受けているが、能力をゲスに全振りする勇者、リリィ!




