その81 魔王様とカラオケときのこ戦争:人間界混乱大作戦
またしても、けんたろうは魔王様(ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世)によって、きらびやかな魔界カラオケボックスにいた。
前回の恐怖が蘇り、マイクを持つ手がかすかに震える。
「さあ、けんたろう。今日は余と『涙を見せないで』を奏でるぞ。
人間界の伝説的二人組『うぃんく』の名曲じゃ」
「またデュエットですか……しかも絶妙に知らない曲……」
「案ずるな。余がリードしてやる」
無表情で歌い始める魔王様につられるように、けんたろうも画面に映る魔界明朝体の歌詞を追った。
けんたろう「♪sick sick sick 切ないの 抱きしめて~」
歌った瞬間、魔王様の目がカッと見開かれた。
歌うのをやめ、マイクを握りしめたまま、じっとけんたろうを見つめる。
「……なに!? けんたろう、今……切ない、と申したか?」
「え? あ、はい、歌詞ですけど」
「そうか……そうか! ひとりで寂しく、切ない思いをしておったか!
余としたことが、婿の心の機微に気づかぬとは!」
魔王様はギラリと目を光らせ、ゆっくりと両手を広げながらにじり寄ってきた。
「ならば案ずるな! その切なさ、余が抱きしめて!
抱きしめて!!
ラブラブにしてくれようぞ!!」
「ちがうちがう!
歌詞! 歌詞ですって!
そういう意味じゃないです、こわいいいい!」
けんたろうの悲鳴は、軽快な80年代サウンドの中に虚しく溶けていった。
議長:ネフェリウス
出席:ハドうー、ザイオス、ヴェリタス、アスタロト、ファイアイス
議題協力:魔王様より提供された人間界の聖典『きのこの山』『たけのこの里』
ネフェリウス「前回の議論から三日が経過したである。きのこ・たけのこ論争の新たな展開を報告するである」
ハドうー「三日前の結論は、両陣営の和平を願うという中立的立場だったな」
アスタロト「しかし、状況は変わった。我々の情報部が入手した極秘資料によれば、たけのこ派が過半数を占める地域が増えているのだ」
ヴェリタス「きのこの山は、戦略的劣勢に立たされている!」
ザイオス「そうかな?私の調査では、きのこの山は質的向上を遂げており、チョコレートの質が上がっている」
ハドうー「だが、販売戦略においては、たけのこの里がより攻勢的だ。限定パッケージ、期間限定フレーバーなど」
ファイアイス「俺は三日間火を使えなかったから、両方冷凍して食べたぜ!ヒャッハー!氷の味は格別だったぜ!」
全員「「お前は何をやっているんだ...」」
ネフェリウス「議論を戻すである。魔王軍としての立場をどうするか?」
ヴェリタス「我々は"きのこ派"を支持すべきだ!貴族的美学に適う」
ザイオス「いや、"たけのこ派"こそ庶民の声。民心を掴むなら彼らと手を組むべきだ」
アスタロト「なぜ我々は人間のスナック菓子でここまで議論するのだ?」
ハドうー「...良い質問だ」
一瞬、会議室に静寂が流れる。
ネフェリウス「それは...この議論自体が人間心理を理解する上で重要なのである。人間は些細なことで派閥を形成し、対立する。我々はその心理を利用すべきなのである」
全員「「なるほど...」」
ネフェリウス「結論:魔王軍は『アルフォート』という第三勢力を密かに支援し、きのこ・たけのこ両派の争いを複雑化させることで、人間界の混乱を誘うものである」
ハドうー「(小声で)実際は、魔王様が『どっちも美味しくて決められない』と言っていただけなのだが...」
ファイアイス「新たな作戦、その名も"バタバタ大作戦"だ!ヒャッハー!」
全員「「意味不明だ...」」
その頃、勇者リリィ一行は、ピラミッドの奥深くでモンスターの群れと戦っていた。
カティア「おい! リリィ! いつまでここで戦うんだ? もう十分稼いだだろ!」
エル「早く先に進もうよ! 奥にボスがいるかもしれないんだから!」
ミレルカ「体力のあるうちに先に進まないと、帰りに苦労するかもしれません……」
仲間たちの訴えも、リリィの耳には届いていなかった。
彼女の目は、倒したモンスターが落とすゴールドに釘付けになっている。
リリィ「うるさい! ここで出現する『わらいかばん』は一体あたりのドロップゴールドが非常に多い! まさにゴールデンタイムだ! 死ぬ一歩手前までここで粘るぞ!」
HPもMPも尽きかけながら、金の亡者と化した勇者の宣言に、仲間たちは声を揃えて叫んだ。
仲間たち「「「死んだら元も子もないだろ!!!」」」
まさにゲスの伝道師リリィ! 彼女の冒険は、世界平和よりも預金残高を優先する。




