その80 もしかして・・・二大論争と包帯ビジネス
けんたろうは、魔王ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世(タイピングソフトに入れようぜ)によって、魔界に再現された豪華絢爛なカラオケボックスに引きずり込まれていた。
「よいかけんたろう。これが人間界で流行しているという『からおけ』じゃな。余と愛を奏でるぞ」
「いや、その、デュエット曲とか知らないんですけど……」
「心配するな。余が完璧に調べ上げた。さあ、この『もしかして』を歌うのじゃ」
画面に映し出されたタイトルは『もしかして PART II』。
けんたろうがぎりぎり知ってる、昭和の名曲だった。
おどろおどろしい魔界のフォントで表示される歌詞を、けんたろうは恐る恐る歌い始める。
けんたろう「♪もしかして もしかして~」
魔王様「♪私の他にも誰か~」
けんたろう「♪やさしい言葉を かけてるの~」
その瞬間、魔王様の歌声が止まった。
微笑んでいたはずの表情がスッと消え、部屋の温度が数度下がる。
魔王様「……悪いひとね あなたって」
それは歌詞の一節のはずだった。
だが、声には怨嗟と嫉妬がこもっている。
魔王様「……私、いじわるをしてしまう」
そのフレーズを呟いた瞬間、ゴゴゴゴゴ…!と空間が歪み、虚空から漆黒の魔剣『アルケラトス』が出現した。
魔王様はそれをマイク代わりに握りしめ、切っ先をけんたろうに向ける。
「けんたろう…。余以外の女に、やさしい言葉を…? 万死に値するぞ…?」
「歌! 歌ですから! 歌詞! テキストです!」
けんたろうが必死に叫ぶと、魔王様ははっと我に返った。
「お、おお、そうか。すまぬ、取り乱した。
あまりに感情が乗ってしもうた」
魔剣はスッと消え、魔王様はにこやかに歌の続きを促す。
けんたろうは失神寸前になりながら、なんとか最後まで歌いきった。
採点結果は98点。魔王様はご満悦だったが、けんたろうの寿命は確実に98年は縮んでいた。
◆魔王軍会議:人間界における二大思想対立の分析と介入是非について
議長:ネフェリウス 出席:ハドうー、ザイオス、ヴェリタス、アスタロト、ファイアイス
ネフェリウス「本日の議題は『きのこ・たけのこ戦争における魔王軍の公式見解』である。両陣営、速やかに論陣を張れ」
アスタロト「『きのこの山』こそ至高。チョコとクラッカー、二つの味を個別に楽しめる戦略性。そして何より、手を汚さずに食せるこの気高さ! 我ら貴族派は断固としてきのこを支持する!」
ハドうー「異議あり! 『たけのこの里』のクッキー生地とチョコが織りなす一体感こそが完成形だ。一口で得られる満足度は、きのこの比ではない! 合理性を重んじるなら、たけのこ一択であろう!」
ザイオス「うむ。戦場においては一口で補給できるカロリーと幸福感が重要。たけのこ派に同意する」
ヴェリタス「愚かな。きのこの“傘”の部分だけを先に味わい、残った“柄”で口内を整える。この高尚な食し方がわからぬとは」
ファイアイス「ヒャッハー! どっちもまとめて業火で溶かし、パンに塗って“ファイナル・スプレッド”にして食うのが一番だぜ!」
全員「異端者め、黙ってろ!」「それはもはや別の食べ物だ!」
ネフェリウス「静粛に! …ううむ、この問題、根が深い。人間界を百年以上も二分し続けている聖戦だ。我らが軽々しく一方を支持すれば、もう半分の人間を敵に回すことになる。それは戦略的愚策だ」
結論(暫定): 魔王軍は、きのこ・たけのこ戦争において『厳正中立』の立場を表明する。各員の信条は自由とするが、軍内部での派閥抗争は固く禁ずる。
ハドうー「(今日も福神漬け以上の働きができた…)」
ファイアイス「じゃあオレは中立の立場から両軍に奇襲をかけてくる!」
全員「座ってろ!!」
~~ピラミッド~~
◆勇者一行、古代遺跡で一攫千金
砂漠にそびえる「亡者たちのピラミッド」。
その内部で、勇者リリィは獅子奮迅の働きを見せていた。
「うわっ! ミイラが次から次へと!」 「数が多すぎる!」
仲間の悲鳴を背に、リリィの目はギラリと輝いていた。
「経験値と金ヅルのボーナスタイムだ! 雑魚はすっこんでろ!」
リリィは神速の剣技でミイラ男たちをなぎ倒していく。
その姿はまさに勇者。
…しかし、彼女は倒したミイラのそばにしゃがみ込むと、器用な手つきでグルグルと包帯を剥がし始めた。
エル「リリィ、何してるんだ!? 呪われるぞ!」
リリィ「バーカ、見てみろよこの布。何千年もののビンテージだぜ? 状態もいい」
大量の包帯を抱え、リリィは邪悪な笑みを浮かべる。
「よし、これをきれいに洗って漂白して、『古代王家の秘宝! 聖なる治癒の包帯』って名前で街で売るぞ! 一巻き100ゴールドはいける! ククク…!」
カティア・エル・ミレルカ「「「ゲスセコ~」」」
背後では、包帯をすべて剥がされ、つるつるになったミイラたちが恥ずかしそうに身を寄せ合っていた。




