その79 城のセキュリティ(ガバガバ)と食のイデオロギー(ガチガチ)と勇者の功績(ゼロ)
魔界王宮《メフィス・ヘレニア・ダークネス・クレプスキュール宮殿》の執務室で、魔王様(ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世)は眉間にしわを寄せていた。
「けんたろう、悪いことは言わん。
明日からしばらく、余の寝室で寝るのじゃ」
けんたろうは紅茶をむせた。
「ええっ!?」
「邪神軍の偵察部隊が魔界西部に出現した。
お主の身を案じてのことじゃ」
「でも、それは…」
魔王様は突然、背後の壁に杖を突き付けた。壁が光り、隠し通路が現れる。
「これは魔王専用の逃走経路じゃ。もし何かあれば、ここから脱出するのじゃ」
「魔王様…こんなところに隠し通路があったんですか」
魔王様はうんうんと頷いた。
「実はな、城内には108の隠し通路がある。余の曾祖父の代から順次増築してきたのじゃ」
「108も!?」
「もっとも、余も全ては把握しておらん。先日、浴室の壁を押したら謎の部屋に出て、300年封印していた使用人と鉢合わせたくらいじゃ」
「え? 300年前の?」
「うむ。『ご飯の準備はいつしますか?』と言われて驚いたわ。余の曾祖父の世代の使用人じゃった」
けんたろうは頭を抱えた。この城のおかしさには慣れているつもりだったが、300年タイムスリップした使用人は新しい。
「それで、その人は今…?」
「今は厨房で働いておる。300年前のレシピを再現してくれるから重宝しておる」
けんたろうはふと疑問に思った。
「魔王様、もしかして隠し通路って…迷路になってません?」
「さあ?」
魔王様は曖昧に答えた。
「余も全容は知らん。
ただ『いざという時に生き延びられれば良い』という思想で作られておるからのう…」
それはつまり、入ったら出てこれない可能性もあるということだ。けんたろうは背筋が寒くなった。
「わかりました…明日から魔王様の部屋で…」
「うむ! 安心せよ。余の部屋は城内で最も守りが堅いからの」
魔王様はにっこり笑った。
けんたろうは恐怖と別の意味の緊張で固まってしまった。
◆魔王軍会議:能力の最大化について
第一作戦会議室は、かつてない緊張感に包まれていた。
議題は、『朝食における“目玉焼き”至高の調味料論争』である。
ハドうー「では、醤油派から意見を述べよ!」
アスタロト「醤油こそ至高。焦げた白身とのマリアージュは、甘美なる背徳の味だ」
ザイオス「異議あり! 塩コショウこそが、素材のポテンシャルを100%引き出す唯一解だ。それ以外は邪道!」
ファイアイス「ヒャッハー! ケチャップだろうが! 目玉焼きに赤い稲妻を走らせろ!」
ヴェリタス「皆様、お忘れでは? マヨネーズという選択肢も。カロリーという名の悪魔との禁断の契約です」
各々の主張がぶつかり、会議は派閥闘争の様相を呈してきた。
「醤油原理主義者め!」
「塩コショウなど、味覚の多様性を認めぬ独裁者だ!」
「ケチャップは子供の調味料だ!」
罵詈雑言が飛び交う中、クロコダイノレがおずおずと手を挙げた。
「あ、あのう……。生で丸呑みでは……?」
その瞬間、全員の殺気がクロコダイノレに集中する。
全員「「「爬虫類は黙ってろ!!」」」
結論:目玉焼き論争は、宗教戦争に等しい。
~その頃の勇者は~
灼熱の太陽が照りつける砂漠のど真ん中。
勇者一行は、すり鉢状の奇妙な砂の窪みを前に、足を止めていた。
エル「これ、アリジゴクの巣よ。落ちたら引きずり込まれるわ」
カティア「うっかり近づかないようにしないとね」
仲間たちが警戒する中、リリィだけが「ふむ…」と何かを閃いた顔で、その巣を食い入るように見つめていた。
「おい、お前ら! 大発見だぞ!」
リリィは突然、自信満々に仲間たちを振り返った。
「こういう場所にはな、昔の不注意な旅人が落とした金貨が、キラリと埋まっているもんなんだ! いわば、天然の貯金箱だ!」
「そんなわけないでしょ…」
「いや、ある! 勇者の勘がそう告げている!
よし、全員で手分けして掘るぞ! お宝発見だ!」
そのあまりの熱意と、「お宝」という言葉の魔力に、半信半疑ながらも仲間たちは砂を掘り返し始めた。
「こっちはハズレだ…」
「金貨なんて全然ないじゃない…」
仲間たちが汗だくで砂と格闘している間、リリィは少し離れた岩陰で涼みながら、優雅にあくびをしていた。
「どうだー? あったかー?」
「あんたも手伝え!」
「馬鹿言え。私は監督役だ。
リーダーは全体を見渡し、的確な指示を出すのが仕事なの」
その時だった。
「あ! あった! 金貨が一枚!」
ミレルカが、キラリと光るコインを見つけ出した。
その瞬間、今までサボっていたリリィが、電光石火の速さで駆け寄る。
「よくやった、ミレルカ!」
リリィはミレルカの手から金貨をひったくると、高らかに宣言した。
「このお宝探しは、俺が最初に気づき、発案したプロジェクトだ!
よって、この金貨は当然、リーダーである私のものだ!」
唖然とする仲間たちを尻目に、リリィは金貨を自分の懐にしまい、満足げに笑った。
エル「(自分は指一本動かしてないのに…)」
カティア「(見つけた人から強奪した…)」
まさに、ゲスの他力本願トレジャーハント!




