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その77 嫉妬の熱量とおでんの哲学とゲスの市場原理

 箱根旅行のなんとも言えない後味を引きずったまま、けんたろうは魔界王宮《メフィス・ヘレニア・ダークネス・クレプスキュール宮殿》の玉座の間にいた。  


 魔王様(ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世)は、先ほどからずっと不機嫌な顔で玉座に頬杖をついている。


「……けんたろう」


「は、はい」


「お主、あの邪神姫に鼻の下を伸ばしてはおらんかったか?」


 ねっとりとした低い声に、けんたろうの背筋が凍る。


「滅相もございません! 宇宙戦争を始めようとする痴話喧嘩を目の前で見て、鼻の下が伸びるわけないでしょう! 寿命が縮みました!」


「ふむ……。

 だが、あの小娘、妙にお主を気に入っておった様子……。

 もしや余よりあの娘の方が好みか?」


「好みとかそういう次元の話じゃありません!」


 疑心暗鬼の魔王様は、すっくと立ち上がるとけんたろうの目の前に降り立った。


「ならば証明してみせよ。

 この余がいかに魅力的か、今この場で、余の心が悦びで満たされる言葉を捧げるのじゃ!」


「む、無茶苦茶だ……!」


「さあ、早く! 例えば…

『魔王様のルビーのような瞳を見つめていると、魂ごと吸い取られてしまいそうです』

 とか…

『その絹のような御髪に、一度でいいから触れてみたい』

 とか…」


 自分で言っておきながら、魔王様の頬がみるみる赤く染まっていく。  

 けんたろうは必死に頭を回転させ、当たり障りのない賛辞を絞り出した。


「あ、あの…今日の魔王様は、いつも以上にお美しい、です…」


 その瞬間、魔王様の表情がぱあっ!と輝いた。


「であろう! であろう! そうであろう!

 けんたろうにそう言ってもらえると、余は……余は……!」  


 感極まった魔王様はけんたろうに抱きつき、その耳元で恍惚と囁いた。


「お主を閉じ込めておける、銀河一つ分の大きさの黄金の鳥籠の設計を始めるとしよう……!」


「(褒めたら状況が悪化した!)」


 けんたろうの心労は、今日も絶えることがなかった。



 ◆魔王軍会議:下等生物・人間の行動原理について


 議長:ハドうー  

 本日の議題:『冬季間における人間の集団心理と”O-DEN”なる食文化の関連性』


 ハドうー「皆、よく集まった。本日は人間の冬の食文化『おでん』について議論する。まずは『大根』の戦略的価値から語れ」  


 ザイオス「『大根』は、他の具材のエキスを吸収し、自らの価値を増大させる恐るべき存在。序盤に配置し、終盤に最強兵器として君臨させるのが定石だ」  


 アスタロト「同意。だが『たまご』の扱いこそが哲学を問う。黄身をいつ出汁に溶かすか。それは戦場の霧か、あるいはただの蛮行か」  


 ヴェリタス「私は『はんぺん』を推したい。あの儚さ、出汁に長く浸かると自己を失う危うさこそが、美学ではないでしょうか」


 議論が白熱する中、ファイアイスが拳を叩きつけた。


「ヒャッハー! 細けえことはいいんだよ! 『牛すじ』はロックだ! 歯ごたえが反骨精神の塊だぜ!」  


 ハドうー「うむ。では『ちくわぶ』はどうか? 小麦粉の塊という、異端中の異端。これを魔王軍として認めるか否か!」


 会議室に緊張が走る。


 ザイオス「断固として認めん! あれは『おでん』にあらず!」  


 アスタロト「だが、一部の人間は熱狂的な信仰を捧げている。無視できぬカルト的人気だ」  


 ファイアイス「俺はどっちでもいいが、燃やせば美味いかもしれねえ!」  


 ハドうー「ならば結論はこうだ! 『ちくわぶ』は保留! 『大根』を制する者が『おでん』を制す! 異論は認めん!」


 こうして、魔王軍はまた一つ、人間理解を深めた。

 人類の危機は深刻である。


 クロコダイノレが「ワニ肉のすじは…」と呟いたが、誰の耳にも届かなかった。



 ~その頃の勇者は~


 勇者一行は、砂漠の真ん中にある貴重なオアシスにたどり着いていた。  

 仲間たちが先を争って水を飲もうとすると、一人の老人が杖を突きつけて制止した。


「待った! この水はワシが管理する『奇跡の泉』じゃ。

 一杯、金貨10枚をいただくぞ」  


 カティア「はぁ!? ただのオアシスで金取るのかよ!」  


 老人「これはただの水ではない。万病を癒す聖水じゃ。ほれ、ありがたく払え」


 見るからに胡散臭い商売だったが、喉の渇きには勝てない。  

 仲間たちが渋々財布を探していると、リリィが老人の前に進み出た。


「じいさん、面白い商売してるじゃないか。だが、やり方が古いな」


「なんじゃ、小娘。ケチをつけるなら水は売らんぞ」


「いや、私はあんたより上手く売れるって話さ」


 リリィはそう言うと、老人の隣でオアシスの水を汲み、高らかに宣言した。


「さあ皆! よく聞け! こちらは勇者リリィ様が直々に祈りを捧げた『超・聖水』だ! 病が治るのは当たり前! 金運、恋愛運、出世運も爆上がり! なんと今なら美肌効果つき!」


 そして、リリィは衝撃の価格を提示する。


「値段は驚きの、一杯金貨5枚! 半額だ!」


 その瞬間、民衆は「勇者様だ!」「安い!」「効果も多い!」とリリィの元へ殺到。

 老人の店は閑古鳥が鳴き始めた。  

 呆然とする老人に、リリィは悪魔の笑みで囁く。


「どうだ、じいさん。これが現代のマーケティングだ。あんたの縄張りを金貨一枚で買い取ってやる。さもなくば、この砂漠で干からびるか?」


 エル「同業者への仁義も無い……」  


 カティア「詐欺師からすべてを奪う、悪魔みたいな勇者……」


 まさに、ゲスの同業者潰し!

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