その76 祭りのあとの気まずさと骨の会議と聖水ビジネス
神話レベルの痴話喧嘩が終わり、邪神姫が去った箱根神社の境内には、なんとも言えない気まずい空気が流れていた。
宇宙の存亡を賭けた戦争を宣言した魔王様(ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世)は、すっかり興ざめした様子で、小さくため息をついた。
「…さて、けんたろう。次はどこへ行くか」
「(うわ、テンション低い…)
えーっと、パンフレットによりますと…箱根ロープウェイとか…」
「そうか。では、行くか」
先ほどまで銀河系を消し去ると豪語していた人物とは思えないほど、その足取りは重い。
ロープウェイから大涌谷の噴煙を無言で眺め、芦ノ湖の遊覧船に黙って乗り、お土産屋では木刀を手に取って
「…『魔界神剣』と彫ってもらおうかの…」
と力なく呟くだけだった。
帰りのロマンスカー。
車窓を流れる景色を眺めながら、魔王はぽつりと言った。
「…次の戦いは避けられぬな」
「……すみません、俺のせいで…」
「いや、お主のせいではない。
余が、お主という至宝を手に入れたがゆえの宿命よ」
そう言って、魔王はけんたろうの肩にそっと頭を乗せた。
けんたろうは、この甘い雰囲気と、数時間前に勃発した宇宙戦争の壮大すぎるギャップに、もはやどう反応していいか分からなかった。
ただ、魔王の髪からシャンプーのいい匂いがすることだけを、ぼんやりと考えていた。
◆魔王軍:最重要議題
魔王城・第一作戦会議室。
勇者との戦いで負傷したクロコダイノレも、今日から任務に復帰した。
議長席に座る、魔王軍総司令官ハドうーが、厳かに会議の開始を宣言する。
「皆、集まってくれて感謝する!
本日はクロコダイノレの復帰祝いも兼ね、我が魔王軍の未来を左右する、極めて重要な議題について議論したい!」
クロコダイノレが「かたじけない…」と涙ぐむ。
「議題は、『魔王軍公式マスコットキャラクターの選定について』だ!」
シン…と会議室が静まり返る。
ザイオス「…本気で言っているのか?」
ハドうー「当然だ!
人間界では『ゆるキャラ』なるもので経済効果を生み出している!
我らも威厳と親しみを両立させたマスコットで、占領地の人心掌握とグッズ展開を狙う!」
ハドうーがあまりに真剣なので、幹部たちも渋々考え始めた。
ヴェリタス「でしたら、デフォルメしたスライムなどはどうでしょう。親しみやすいかと」
ファイアイス「ヒャッハー! ドクロにサングラスで決まりだろ! ロックだぜ!」
アスタロト「私は『堕天使のヒナ』を提案する。可愛らしさの中に背徳感を秘めているのがポイントだ」
議論が白熱する中、クロコダイノレがおずおずと手を挙げた。
「あ、あのう…。ワニをモチーフにした、『クロコっち』というのは…どうだろうか…?」
その瞬間、全員の視線がクロコダイノレに集中する。
ハドうー「却下だ」
クロコダイノレ「な、なぜだ!?」
ハドうー「デザインが生々しすぎる! 子供が泣くわ!」
復帰初日に、自らの存在意義を根本から否定されたクロコダイノレは、再び心の傷を深くえぐられたのであった。
~その頃の勇者は~
女王クレオパトリアは、玉座で国の惨状を憂いていた。
「ああ、民は水に渇き、兵は疲弊している…。
この悲しみを、誰がわかってくれようか…」
その美しい瞳から、一粒の涙がキラリとこぼれ落ちた。
仲間たちが「女王陛下…」と同情する中、リリィだけがその涙の軌跡を、ハンターのような目つきで追っていた。
「陛下!」
リリィは突然、女王の目の前に小さなガラスの小瓶を差し出した。
「何をする、無礼者!」
「まあまあ。陛下、もっと泣いてください! さあ、この小瓶に!」
「は?」
「陛下のその涙、『女王の悲しみの雫』と名付けて売り出します!
伝説の万能薬として!
一滴、金貨100枚はカタいですね!」
リリィは女王の肩を揺さぶりながら叫んだ。
「さあ、もっと悲しいことを思い出して!
昔飼ってたペットが死んだこととか!
初恋の人にフラれたこととか!
どんどん泣いてください!
国の未来は、陛下の涙腺にかかっています!」
エル「(人の涙を金に換えようとしてる…)」
カティア「(しかも、さらに泣かせようとしてる…)」
まさにゲスの涙活!
こうしてリリィは、一国の女王の悲しみすらも商材に変え、無理やり泣かせて一儲けしようと企むのであった。




