その75 愛の終末論と骨の福利厚生とゲスの真実
箱根神社の境内に、一瞬の静寂が戻る。
邪神姫のアストラル体が消えた空間を、魔王ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世(寿限無レベル)は氷のように冷たい瞳で見つめていた。
先ほどまでの恋愛脳は鳴りを潜め、その身に纏うのは、宇宙の法則すら捻じ曲げる絶対者の風格だった。
「…あやつ、余に宣戦布告して去りおったわ。
余の領域に干渉し、余の“所有物”に指をかけた。万死に値する」
魔王が静かに呟く。
その声には、けんたろうが今まで感じたことのない、底なしの怒りが込められていた。
けんたろうがゴクリと息をのむ。
「そ、それって…どうなるんですか…?」
「決まっておる」
魔王は、ゆっくりとけんたろうの方へ向き直った。
その瞳は、もはやけんたろう個人ではなく、その先にある時空の果てを見据えているかのようだ。
「――戦争じゃ」
その一言は、先ほどのラブコメめいた響きとは全く違っていた。
それは、星々が砕け、銀河が悲鳴を上げる、真の終末の始まりを告げる宣告だった。
「邪神姫の権能は『混沌』。
ならば、余は『無』をもって応えよう。
あやつが愛でるすべてのものを、この宇宙から、因果律から、完全に消し去ってくれるわ」
あまりに淡々と、そして冷酷に語られる殲滅計画。
それは、けんたろうを巡る痴話喧嘩などでは断じてなく、絶対者同士のプライドを賭けた、純粋な破壊と殺戮の衝動だった。
けんたろうは、魔王が自分に向けていた“愛”が、この恐るべき破壊衝動と地続きであるという事実を、今さらながらに理解し、全身の血が凍るのを感じた。
◆魔王軍:アンデッドの福利厚生
砂漠の国イツヌ、ピラミッド内部。
不死軍団長バルドは、魔王城の参謀ネフェリウスとの定時連絡を行っていた。
「――というわけで、魔王城より補給を要請したい。医療用の包帯を、可能な限り大量に」
『包帯だと? バルド、貴様の軍団はアンデッドのはず。負傷者など出るわけがなかろう』
ネフェリウスの当然の疑問に、バルドは真面目な声で答えた。
「いえ、負傷者ではありませぬ。我が軍団には、ミイラ兵が多数在籍しておりまして」
『だからどうした』
「この砂漠の乾燥した気候で、彼らの包帯がすぐカピカピに乾燥し、パリパリになって砕けてしまうのです。これでは見栄えも悪く、士気に関わります。何より、ミイラ兵としてのアイデンティティが保てません」
『……』
「つきましては、保湿成分を配合した最新の包帯を、福利厚生の一環として支給していただきたく…」
ネフェリウスは、こめかみを抑えながら通信を切った。
不死軍団の悩みは、勇者との戦闘ではなく、美容とアイデンティティの問題だった。
~その頃の勇者は~
砂漠の国イツヌの王宮。
謁見の間で、女王クレオパトリアの美しさに、リリィ以外の仲間たちは息をのんでいた。
太陽の光を浴びた砂漠の宝石、と謳われるその美貌は、まさしく伝説の通りだった。
エル「なんと美しい方だ…」
カティア「これが女王の気品…」
ミレルカ「これが同じ女性なの??」
しかし、玉座の女王は、どこか物憂げにため息をついた。
「…皆が、私の美しさを讃える。
だが、それが何の意味があろうか。
この美しさで、国を脅かす魔王軍を退けられるわけでもなく、民の乾きを癒せるわけでもない。
虚しいものよ…」
その言葉に、仲間たちが同情的な視線を送る。
その時、沈黙を破ってリリィが口を開いた。
「女王陛下、それは違います」
「何が違うというのだ、勇者よ」
「その美しさには、絶大な価値がありますわ」
リリィはニヤリと笑うと、懐から羊皮紙とインクを取り出した。
「さあ、女王陛下。
あなたの『サイン入り・生写真』を作りましょう。
一枚、銀貨10枚。
あなたの憂いを帯びた限定版なら、銀貨50枚でも飛ぶように売れるはずです!」
「なっ…!?」
「その売上で武器を買い、傭兵を雇い、民に水を配るのです!
陛下がただ玉座で嘆いているより、よっぽど国のためになりますわ!
さあ、どんどんサインを!
流れ作業で!
笑顔は3パターンくらい用意してください!」
女王も、仲間たちも、あまりにゲスな発想に完全に思考が停止した。
リリィは呆然とする女王の手を取り、無理やりペンを握らせる。
「美しさを嘆くなんて、資源の無駄遣いです。
いいですか、陛下。
美貌とは、換金してこそ価値があるのです!」
「あ、コンサルタント料として、売り上げの一部はいただきます……」
まさにゲスの真理!
こうしてリリィは、一国の女王の美しさすら金儲けの道具としか見ない、その卓越した商人魂(ゲス魂)を見せつけたのであった。




