その73 クリスタルは砕けても愛は砕けない(物理)
ヴェネチアングラスのシャンデリアが、太陽の光を浴びて無数の虹を放っていた。
箱根ガラスの森美術館。
その幻想的な空間で、魔王ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世(タイピングは諦めろ)は、けんたろうの腰を抱き、うっとりと呟いた。
「けんたろうよ。
この煌めきは、お主の魂の輝きに似ておるな。
あまりに美しく、儚く、そして…壊してしまいたくなる」
「ひっ…!(笑顔で物騒なこと言った!)」
けんたろうがビクッと体を震わせると、魔王は「冗談じゃ♡」と彼の鼻を軽くつまんだ。
しかし、その目は全く笑っていない。
二人は、クリスタルガラスで作られた光の回廊へと足を進める。
「おお、きれいじゃのう…」
魔王は、きらめくガラスの粒の一つを指で弾いた。
チリン、と澄んだ音が鳴る。
魔王は何かを思い出すように、遠い目をした。
「そういえば、かつて余に刃向かった
『クリスタルの4戦士』
という者たちがいたな。
クリスタルに導かれた正義の戦士らしいが…」
「…どうなったんですか?」
「余が『超振動魔波』を放ったら、奴ら、全員分子レベルで砕け散って、ただの砂になってしもうたわ。
あの時の断末魔は、実に美しい音色じゃった…」
恍惚の表情で語る魔王。
けんたろうは、目の前の美しいクリスタルが、かつての勇者たちの成れの果てに見えてきた。
魔王は、そんなけんたろうの耳元に、熱い息を吹きかけながら囁く。
「もうそろそろ、新しいクリスタル戦士が生まれる頃かのう?
ふふ…お主がもし余を裏切ったら、このガラスのように美しく砕いて、余の寝室に飾ってやろう。
毎日、お主の欠片を愛でながら眠るのも、悪くない♡」
それは、究極の愛の告白であり、最悪の脅迫だった。
けんたろうは、もはや美しいガラス細工を見ても、恐怖しか感じられなくなっていた。
◆魔王軍:不死軍団の完璧な落とし穴
灼熱の砂漠、ピラミッド内部。
不死軍団長バルドは、自信満々に作戦の最終確認を行っていた。
「よし、諸君!
これで対勇者用トラップ
『無限ループする底なし沼(物理)』
が完成した!」
目の前には、ただの落とし穴がある。
しかし、バルドによればこれはただの穴ではないらしい。
「この穴の底には『転移の魔法陣』が設置してある。
落ちた者は、穴の真上、高さ50メートルの上空に転送されるのだ!」
「おお!」
とスケルトン兵たちがどよめく。
「つまり! 奴らは落ちては転送され、再び同じ穴に落ちる!
これを永遠に繰り返すのだ!
食事も睡眠もできず、やがて力尽きるであろう!
なんと恐ろしく、そして我ら不死の軍勢には全く効かない、完璧な作戦!」
「さすがです、軍団長殿!」
「我々の勝利は揺るがない!」
高らかに勝利を宣言したその時、バルドが踏み出そうとした一歩の先が、まさにその落とし穴だった。
古参兵のスケルトンが「あっ」と骨の指をさしたが、時すでに遅し。
「うおっ!?」
バルドの体は、吸い込まれるように穴の中へ消えた。
一瞬の静寂。
兵士たちが「軍団長ーッ!」と穴を覗き込むと、遥か上空に小さな黒い点が現れ、悲鳴と共に猛スピードで落下してくる。
「ああああああああーーーッ!!」
ズドン! という鈍い音と共に、バルドは再び穴の中へ。
そしてまた、上空に転送される。
「き、貴様らー! 止めろー! 作戦を中止せよー! あああーーーっ!」
軍団長の悲痛な叫びが、ピラミッド内に虚しく響き渡る。
しかし、完璧すぎたこのトラップ、外部から解除する方法はまだ誰も知らない。
勇者が来る前に、不死軍団長は自らの天才的作戦によって無力化されたのであった。
~その頃の勇者は~
交易都市「アライクム」の夜。
中央広場の特設ステージでは、名物のベリーダンスショーが始まろうとしていた。エキゾチックな音楽が流れ、妖艶な衣装をまとった踊り子たちが現れると、観客から大きな歓声が上がる。
「わぁ、綺麗…!」
カティアやミレルカが目を輝かせる中、リリィだけは腕を組み、冷ややかな目つきでステージを眺めていた。
「…素人ね」
「え?」
「腰の動きが硬い。
指先の表現力も足りない。
あれじゃあ、ただ腰を振ってるだけ。
客からチップを巻き上げる気概が感じられないわ」
プロの興行師のような目でダメ出しをするリリィ。
ショーが最高潮に達し、踊り子たちが観客席を回ってチップを集め始めると、リリィの目の色がカッと変わった。
一人の踊り子が、リリィたちの前にカゴを差し出す。
「お客様、楽しんでいただけましたか? よろしければ、お気持ちを…」
リリィはニッコリ笑うと、カゴに銅貨を一枚チャリンと入れた。
「ありがとう! 素晴らしかったわ!
感動したから、あなたに特別レッスンをしてあげる!」
「へ? レッスン?」
リリィは突然立ち上がると、踊り子の隣で、見よう見まねで腰をくねらせ始めた。
しかし、その動きは素人とは思えないほど滑らかで、悩ましげな表情と流し目はプロの踊り子顔負けだった。
「いい? 観客の目を見る時は、ただ見るんじゃない。
『あなただけに、この舞を捧げます』…そう思わせるのよ!」
リリィは近くにいた裕福そうな商人にウィンクを飛ばす。
商人は鼻の下を伸ばし、金貨を一枚カゴに投げ入れた。
「そして、チップを受け取る時は、感謝だけじゃダメ。
『もっと…もっと欲しい』と、その渇望を目で訴えるの!」
リリィが潤んだ瞳で別の観客を見つめると、その観客も慌てて銀貨を数枚入れた。
次々と投げ込まれる金貨、銀貨。
あっという間にカゴは一杯に。
元の踊り子は、あっけにとられて立ち尽くしている。
リリィは満杯になったカゴを手に取ると、満足げに頷き、こう言った。
「これが『稼ぐ』ということよ。
勉強になったでしょ?
…さて、このレッスン料、カゴの中身の9割8分でいいわ。
私、優しいから」
「えええええええ!?」
踊り子の悲鳴が夜空に響く。
まさにゲスの師匠!
こうして、リリィは他人のステージに乱入し、その売上のほとんどを巻き上げるという、新たな集金の手口を編み出したのであった。 ヴェネチアングラスのシャンデリアが、太陽の光を浴びて無数の虹を放っていた。
箱根ガラスの森美術館。
その幻想的な空間で、魔王ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世(タイピングは諦めろ)は、けんたろうの腰を抱き、うっとりと呟いた。
「けんたろうよ。
この煌めきは、お主の魂の輝きに似ておるな。
あまりに美しく、儚く、そして…壊してしまいたくなる」
「ひっ…!(笑顔で物騒なこと言った!)」
けんたろうがビクッと体を震わせると、魔王は「冗談じゃ♡」と彼の鼻を軽くつまんだ。
しかし、その目は全く笑っていない。
二人は、クリスタルガラスで作られた光の回廊へと足を進める。
「おお、きれいじゃのう…」
魔王は、きらめくガラスの粒の一つを指で弾いた。
チリン、と澄んだ音が鳴る。
魔王は何かを思い出すように、遠い目をした。
「そういえば、かつて余に刃向かった
『クリスタルの4戦士』
という者たちがいたな。
クリスタルに導かれた正義の戦士らしいが…」
「…どうなったんですか?」
「余が『超振動魔波』を放ったら、奴ら、全員分子レベルで砕け散って、ただの砂になってしもうたわ。
あの時の断末魔は、実に美しい音色じゃった…」
恍惚の表情で語る魔王。
けんたろうは、目の前の美しいクリスタルが、かつての勇者たちの成れの果てに見えてきた。
魔王は、そんなけんたろうの耳元に、熱い息を吹きかけながら囁く。
「もうそろそろ、新しいクリスタル戦士が生まれる頃かのう?
ふふ…お主がもし余を裏切ったら、このガラスのように美しく砕いて、余の寝室に飾ってやろう。
毎日、お主の欠片を愛でながら眠るのも、悪くない♡」
それは、究極の愛の告白であり、最悪の脅迫だった。
けんたろうは、もはや美しいガラス細工を見ても、恐怖しか感じられなくなっていた。
◆魔王軍:不死軍団の完璧な落とし穴
灼熱の砂漠、ピラミッド内部。
不死軍団長バルドは、自信満々に作戦の最終確認を行っていた。
「よし、諸君!
これで対勇者用トラップ
『無限ループする底なし沼(物理)』
が完成した!」
目の前には、ただの落とし穴がある。
しかし、バルドによればこれはただの穴ではないらしい。
「この穴の底には『転移の魔法陣』が設置してある。
落ちた者は、穴の真上、高さ50メートルの上空に転送されるのだ!」
「おお!」
とスケルトン兵たちがどよめく。
「つまり! 奴らは落ちては転送され、再び同じ穴に落ちる!
これを永遠に繰り返すのだ!
食事も睡眠もできず、やがて力尽きるであろう!
なんと恐ろしく、そして我ら不死の軍勢には全く効かない、完璧な作戦!」
「さすがです、軍団長殿!」
「我々の勝利は揺るがない!」
高らかに勝利を宣言したその時、バルドが踏み出そうとした一歩の先が、まさにその落とし穴だった。
古参兵のスケルトンが「あっ」と骨の指をさしたが、時すでに遅し。
「うおっ!?」
バルドの体は、吸い込まれるように穴の中へ消えた。
一瞬の静寂。
兵士たちが「軍団長ーッ!」と穴を覗き込むと、遥か上空に小さな黒い点が現れ、悲鳴と共に猛スピードで落下してくる。
「ああああああああーーーッ!!」
ズドン! という鈍い音と共に、バルドは再び穴の中へ。
そしてまた、上空に転送される。
「き、貴様らー! 止めろー! 作戦を中止せよー! あああーーーっ!」
軍団長の悲痛な叫びが、ピラミッド内に虚しく響き渡る。
しかし、完璧すぎたこのトラップ、外部から解除する方法はまだ誰も知らない。
勇者が来る前に、不死軍団長は自らの天才的作戦によって無力化されたのであった。
~その頃の勇者は~
交易都市「アライクム」の夜。
中央広場の特設ステージでは、名物のベリーダンスショーが始まろうとしていた。エキゾチックな音楽が流れ、妖艶な衣装をまとった踊り子たちが現れると、観客から大きな歓声が上がる。
「わぁ、綺麗…!」
カティアやミレルカが目を輝かせる中、リリィだけは腕を組み、冷ややかな目つきでステージを眺めていた。
「…素人ね」
「え?」
「腰の動きが硬い。
指先の表現力も足りない。
あれじゃあ、ただ腰を振ってるだけ。
客からチップを巻き上げる気概が感じられないわ」
プロの興行師のような目でダメ出しをするリリィ。
ショーが最高潮に達し、踊り子たちが観客席を回ってチップを集め始めると、リリィの目の色がカッと変わった。
一人の踊り子が、リリィたちの前にカゴを差し出す。
「お客様、楽しんでいただけましたか? よろしければ、お気持ちを…」
リリィはニッコリ笑うと、カゴに銅貨を一枚チャリンと入れた。
「ありがとう! 素晴らしかったわ!
感動したから、あなたに特別レッスンをしてあげる!」
「へ? レッスン?」
リリィは突然立ち上がると、踊り子の隣で、見よう見まねで腰をくねらせ始めた。
しかし、その動きは素人とは思えないほど滑らかで、悩ましげな表情と流し目はプロの踊り子顔負けだった。
「いい? 観客の目を見る時は、ただ見るんじゃない。
『あなただけに、この舞を捧げます』…そう思わせるのよ!」
リリィは近くにいた裕福そうな商人にウィンクを飛ばす。
商人は鼻の下を伸ばし、金貨を一枚カゴに投げ入れた。
「そして、チップを受け取る時は、感謝だけじゃダメ。
『もっと…もっと欲しい』と、その渇望を目で訴えるの!」
リリィが潤んだ瞳で別の観客を見つめると、その観客も慌てて銀貨を数枚入れた。
次々と投げ込まれる金貨、銀貨。
あっという間にカゴは一杯に。
元の踊り子は、あっけにとられて立ち尽くしている。
リリィは満杯になったカゴを手に取ると、満足げに頷き、こう言った。
「これが『稼ぐ』ということよ。
勉強になったでしょ?
…さて、このレッスン料、カゴの中身の9割8分でいいわ。
私、優しいから」
「えええええええ!?」
踊り子の悲鳴が夜空に響く。
まさにゲスの師匠!
こうして、リリィは他人のステージに乱入し、その売上のほとんどを巻き上げるという、新たな集金の手口を編み出したのであった。




