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その72 湖畔の誓いは地獄の香り

 芦ノ湖に浮かぶ海賊船型遊覧船。

 その甲板で、魔王ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世は、けんたろうの肩を抱き寄せ、湖面に映る逆さ富士を指さした。


「けんたろう。あの山は美しいのう。だが、お主の美しさの前には、あの富士すら霞んで見えるわ」

「そ、そうですか…(口説き文句が昭和のスターみたいだ…)」


 けんたろうが引きつった笑みを浮かべていると、魔王は慈しむように彼の髪を撫で、穏やかな湖面へ視線を移した。

 その瞳に、一瞬、底知れぬ闇がよぎる。


「…ふむ。この景色、懐かしいのう。昔、余に逆らった大天使を、こんな感じの湖に沈めたことがあってな」


「……え?」


「奴は『光の奇跡』とやらで湖の水を干上がらせようとしたが、余が湖そのものを『永遠に満ちる呪われた深淵』に変えてやったのじゃ。今も奴は、光の届かぬ湖底で、自らの絶望を飲み込み続けておるわ」


 うっとりと語る魔王。その内容は、絶景とは似ても似つかぬ地獄の絵図だった。けんたろうの背筋を、冷たい汗がツーっと伝う。


「あ、あの…その大天使って…」


「ん? ああ、心配せずともよい。数万年も経てば、プライドも魂も砕け散り、ただの泥人形になる。さすれば、余の忠実な下僕として生まれ変わらせてやろう。…そうじゃ、けんたろう。お主も余に逆らえば、ああなるのじゃぞ? 永遠に、ずぅっと、余の傍でな♡」


 魔王はそう囁くと、けんたろうの頬に優しく口づけた。その唇は氷のように冷たかった。  

 愛の言葉と地獄の予告。けんたろうは、もはや恐怖で声も出せず、ただコクコクと頷くことしかできなかった。


 ◆魔王軍会議:不死軍団のズレてる作戦会議


 砂漠の国イツヌ。ピラミッドの奥深く、不死軍団長バルドが作戦盤を前に腕を組んでいた。

 眼窩の鬼火が、知性(?)の光を放っている。


「諸君、勇者一行の弱点分析が完了した!」  

 集まったスケルトン兵たちが、カチャカチャと骨を鳴らして傾聴する。


「まず第一! 奴らは『食事』と『睡眠』を必要とする! なんという脆弱さか! 自ら無防備な時間を晒すなど、戦略的にありえん!」

「おおっ!」「なんと愚かな!」と兵士たちがどよめく。


「第二! 奴らは『水分』を失うと動けなくなる! この灼熱の砂漠において、これは致命的だ! そこでだ!」  バルドが作戦盤の一点を指す。


「オアシスを全て『塩水』に変える! 奴らは喉の渇きに耐えきれず、塩水を飲んでさらに苦しむであろう! 我らには全く関係ないがな! フハハハ!」

「さすが軍団長殿! 発想が我々とは違う!」

「ですが軍団長殿! それでは周辺の魔物も干上がってしまいます!」

「構わん! 我らの軍団に補充すればよい!」


 さらに別の骸骨兵士が進言する。

「軍団長殿! 勇者リリィは『金に汚い』との情報が! 財宝で買収してはいかがでしょう!」

「馬鹿者! その金で兵士を補充したほうが効率的だ! 奴にはこう伝えるのだ。『我らの仲間になれば、無限に働けるぞ。給料も食費も不要だ』と! これぞ究極のホワイト待遇であろう!」


 アンデッド基準の最高待遇に、骸骨たちが「それだ!」と感心しきり。  

 勇者一行が聞けば「呪いだろ」と一蹴するであろう作戦は、不死軍団の絶対の自信のもと、着々と準備が進められていた。



 ~その頃の勇者は~


 交易都市「アライクム」。

 リリィ一行は、活気あるバザールで旅の装備を物色していた。  

 カティアが一軒の武器屋で、美しい曲刀を手に取る。


「店主さん、これ、おいくら?」


「ヘイ、お嬢さん! あなた友達!さすがお目が高い! それは砂漠の妖精が鍛えた名剣! 本来なら金貨100枚…友達プライス、金貨50枚!」  

 商人が目の奥をギラつかせる。カティアが「ご、五十枚…」と怯んだその時、リリィがすっと前に出た。


「店主。いい商売してるわね」


「ヘ? お褒めにあずかり光栄だね!」


「褒めてないわよ。この剣、確かに刀身は一級品。でも、柄の部分に使われてる革、これはオアシス周辺にしか生息しない『水トカゲ』の偽物。湿気に弱くて、握りしめると半年でボロボロになる安物よ。知ってて売ってるんでしょう?」


 商人の顔が引きつる。リリィは間髪入れず、たたみ掛けた。


「あなた、この剣をドワーフの行商人から金貨5枚で仕入れたわね? それを10倍で売るなんて感心だわ。でも、相手が悪かった。私たちは、これからこの街を魔物の脅威から守る『勇者一行』。


 その勇者に、粗悪品を吹っ掛けた悪徳商人がいるって噂、広めてあげようか?」


「ひぃっ! ま、参った! 金貨20枚! いや15枚で!」


「まだ値段交渉する気? 呆れた。いい? あなたは勇者の活動を妨害したの。これは魔王軍への利敵行為。本来なら騎士団に突き出すところだけど、私は慈悲深いの」


 リリィはニッコリと、悪魔のように微笑んだ。


「この剣は、あなたが勇者活動へ寄進する『献上品』として、ありがたくいただくわ。もちろん無償で。そして、今回の件は不問にしてあげる。むしろ『勇者一行を支援した心優しき商人』

 として、私があなたの店の評判を上げてあげましょう。…感謝しなさい?」


 論理で殴り、脅し、最後は恩に着せる。

 あまりの鮮やかさに商人は完全に思考を停止させ、

「あ…ありがとうございます…」

 と震える手で剣を差し出した。


 一部始終を見ていたミレルカが、呆然と呟く。


「ただでさえ安い仕入れ値のものをタダで手に入れた上に、感謝までさせてる…」


 まさにゲスの極み!


 こうして、リリィは勇者の権威を最大限に悪用し、一銭も払うことなく高級装備を手に入れたのであった。

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