その71 箱根の恋と砂漠の殺意と村の請求書
黄金色のススキの海が、風にそよいでいた。
箱根・仙石原高原。
壮大な景色を前に、魔王ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世(単語登録推奨)は、うっとりと目を細めている。
「けんたろう、見よ。黄金の穂波が余たちの愛を祝福しておるぞ」
「は、はぁ…(ススキですけどね…)」
魔王は、名物のよもぎあんソフトクリームを二つ買い、一つをけんたろうに差し出した。
「さ、けんたろう。あーんじゃ♡」
「自分で食べられますから! 周りの目! 周りの目が痛いですから!」
けんたろうが慌ててソフトクリームを受け取ると、魔王は自分のソフトクリームをぺろりと一口。そして、けんたろうの唇をじっと見つめた。
「む? けんたろう、口の端にクリームがついておるぞ。余が舐めてとってやろう」
「結構です! 絶対に結構です!!」
全力で後ずさりするけんたろう。魔王は心底不思議そうに首をかしげた。
「なぜじゃ? 恋人同士の当然の戯れであろうに…」
「俺たち恋人じゃありません! 婿(仮)です! しかも強制の!」
けんたろうの悲痛な叫びは、秋風と観光客のざわめきに虚しく溶けていった。
◆魔王軍会議:勇者、どうする問題
魔王城・第一作戦会議室。
前回の闇鍋会場とは打って変わって、張り詰めた空気が漂っていた。
ネフェリウス「…というわけだ。魔王様と婿殿の箱根ハネムーンを邪魔するわけにはいかぬと、勇者に関する議題を棚上げしていたが、もはや猶予はない」
スクリーンに映し出された世界地図。
勇者一行を示す光点が、砂漠の国・イツヌへと向かっている。
ハドうー「うむ。報告によれば、勇者はエルフの里での一件を終え、南下を開始。すでにイツヌの国境を越えたとのこと」
ザイオス「イツヌには、我らが不死軍団が駐留しているはず。かの地のピラミッドは、すでに我らの手で制圧済みと聞くが」
ネフェリウスが頷き、通信魔法を起動させる。
『――こちら不死軍団長・バルド。ご命令を』
ハドうー「バルドよ、よく聞け。勇者一行が貴様の縄張りに向かっている。奴らをイツヌの砂漠で確実に仕留めよ。魔王様のご帰還までに、憂いを断っておくのだ」
『御意。我がアンデッドソルジャーたちの骨の髄まで、勇者の血で染め上げてご覧に入れましょう』
ネフェリウス「ピラミッドには、人間どもが隠した財宝が眠っていると聞いているが・・・回収は済んだか?」
『いえ、内部の罠が想定以上に複雑でして。攻略マニュアルを作成し、全部隊に通達している最中です。ちなみに現在バージョン1.3です。』
「おい、お役所仕事すぎないか???」
冷静だが、確かな殺意を込めた声。通信が切れ、幹部たちは静かに頷き合った。 魔王がラブラブ旅行を楽しんでいる間にも、魔王軍は着々と、そして冷酷にその牙を研いでいた。
~その頃の勇者は~
そこは、時が止まった村だった。
道端に倒れるように眠る人々。
井戸端で、畑の脇で、家の中で、誰もが安らかな顔で深い眠りについている。
「眠りの村に戻ってきました…」
ミレルカが息をのむ。
リリィは懐から小さな革袋を取り出した。
エルフの女王から(管理費をせしめる前に)受け取った『目覚めパウダー』だ。
「よし、みんな! この聖なる粉で村人たちを解放するわよ!」
リリィは袋の口を開け、村中に向かって高らかに叫んだ。
「目覚めよ、眠れる子羊たち! 救世主リリィが、汝らを悪夢から解き放つ!」
キラキラと輝く金色の粉が風に舞い、眠る村人たちに降り注ぐ。
すると、あちこちから「ん…」「うぅ…」という声が上がり、人々がゆっくりと身じろぎを始めた。
「…あれ? 俺、なんで道端で…」
「何年眠っていたんだ…?」
村人たちが混乱の中、目を開けていく。その中心に、リリィは仁王立ちしていた。
「感謝するがよい! この私が、貴様らを永劫の眠りから救ってやったのだ!」
「おお…! あなた様が…!」
「女神様だ…!」
村人たちがひざまずき、感謝の祈りを捧げ始める。その様子に満足げに頷いたリリィは、ニヤリと口の端を吊り上げた。
「さて、皆の者。救済には、それ相応のコストがかかるもの。いわば『覚醒サービス料』とでも言おうか。さあ、感謝の気持ちを、形にして示してもらおう!」
カティア「(出たわね、集金タイム…)」
エル「(エルフの女王からもらったアイテムで、また金を稼ぐのか…錬金術師かよ…)」
こうして、勇者リリィは人の善意を踏み台に、砂漠の国へ向かうための活動資金をたんまりと稼ぎ出したのであった。




