その69 偽善者たちのレクイエム
特急ロマンスカーは、快適な揺れと共に箱根の山々へと突き進んでいく。
「おお、けんたろう! 見よ! 鉄の竜が空を飛ばずして、地を駆けておるぞ!」
「景色が後ろに飛んでいく! 不思議じゃ! 不思議じゃのう!」
魔王様は、初めて電車に乗った子供のようにはしゃぎ、展望席の窓に顔をくっつけていた。その姿は、先程けんたろうの肩を重力崩壊させかけた魔王と同一人物とは思えないほど無邪気だった。
魔王様、いつも怖いけど、かわいいな。と思ったその時。
ガクン、と魔王様の体が大きく傾いた。
「む…むむ…! け、けんたろう…! 体が…体が鉛のように重い…!」
「えっ!? どうしたんですか、魔王様!?」
「くっ…! この一帯…強力な結界が張られておる…! わらわほどの魔力を持つ者でも、この圧は…!」
魔王様はぜえぜえと息を切らし、ぐったりと座席に沈み込んでいる。その額には玉のような汗が浮かんでいた。
(箱根の結界…!? さすが古来からの霊山…魔王様ですらこんなに消耗するなんて…!)
けんたろうが緊張に身を固くした瞬間、車内アナウンスが流れた。
『――まもなく、終点、箱根湯本、箱根湯本に到着いたします』
そのアナウンスを聞いた魔王様は、ハッとした顔でむくりと起き上がると、何事もなかったかのようにすくっと立ち上がった。
「よし、着いたか! 行くぞ、けんたろう!」
「えっ…あの、体は…?」
「ん? ああ、大丈夫じゃ。少しはしゃぎすぎて疲れただけじゃ」
「………………………………」
ただの乗り物酔い(+はしゃぎすぎ)だった。 けんたろうは、魔王様の威厳を守るため、そして自分の心配を返してもらうため、そっと窓の外に視線を移した。
◆魔王軍会議:究極の『カップ麺』カスタマイズ論
魔王城の会議室。そこには、湯気の立つカップ麺が人数分並べられていた。議題は「カップ麺に一品追加するなら、何が至高か」である。
ネフェリウス「まず、基本に立ち返りたい。余は『生卵』を推す。熱々のスープの中で半熟になった白身と、麺に絡む濃厚な黄身。これぞ、混沌と秩序の融合、完全なる調和だ」
ザイオス「軟弱な! 漢は黙って『ニンニクチューブ』だ! 3センチほど投入することで、ジャンクさは天元突破し、食欲という名の闘争心を無限に引き出す!」
ヴェリタス「貴様らはわかっておらん。『とろけるチーズ』こそが、カップ麺をB級グルメから、高貴なる一皿へと昇華させる唯一無二の存在だ。麺に絡みつく背徳の味…実に官能的ではないか」
ハドうー「いや、待て。あえての『キムチ』だ。酸味と辛味がスープの単調さを打ち破り、味覚に新たな次元の扉を開く。これぞ、味の革命だ!」
議論が白熱し、互いに「邪道だ!」「異端者め!」と罵り合いが始まる。その時、厨房からファイアイスが満面の笑みで戻ってきた。
「ヒャッハー! 待ちやがれ! 俺が最強のトッピングを持ってきたぜ!」
彼が誇らしげに掲げたのは、小皿に乗った、プリンだった。
アスタロト「…プリン? それはさっき醤油をかけるか否かで揉めたやつだろう。何故今ここに」
「ちげーよ! スープに混ぜるんだよ!」
そう言うとファイアイスは、自分のカップ麺(シーフード味)の中に、プリンをためらいなく投入し、激しくかき混ぜ始めた。
ネフェリウス「なっ…貴様、正気か!? 甘味と塩味が混じり合い、味覚の地獄が生まれるぞ!」
ザイオス「シーフードの魚介出汁と、プリンのカラメルソースが…おぞましいマリアージュを…!」
ヴェリタス「やめろ…!それは、グルメという名の神への冒涜だ…!」
幹部たちが絶叫する中、ファイアイスはズゾゾゾッと麺をすする。そして、カッと目を見開いた。
「うめぇ……! シーフードの塩気とプリンの甘みが、まるで……そう、『茶碗蒸し』のような……クリーミーで濃厚な味わいを生み出してやがる……!」
その恍惚の表情に、幹部たちはゴクリと唾をのむ。
ハドうー「……ま、まさか…本当に…?」
ネフェリウス「ありえん…だが、ファイアイスのあの顔は、嘘を言っているようには…」
恐る恐る、幹部たちも自分のカップ麺にプリンを投入してみる。
そして、一口。
会議室に、しばしの沈黙が流れた。
全員「「「……意外といけるな、これ」」」
その日、魔王軍では「カップ麺シーフード味+プリン=茶碗蒸し風」という、禁断のレシピが正式に軍のレーションとして採用されかけたという。
◆勇者一行、悲劇の洞窟にてゲスの本領を発揮する
ゴブリンを買収し、洞窟の安全を確保したリリィ一行は、最深部にたどり着いた。 そこは、地底湖が広がる静かな空間だった。湖の中央には、小さな島があり、ポツンと一つの宝箱が置かれている。
エル「あれは…!」
ミレルカ「きっと、駆け落ちしたお二人の宝物が…!」
カティアが慎重に宝箱を開けると、中には一枚の羊皮紙と、血のように赤いルビーの指輪が納められていた。
リリィが羊皮紙をひったくって読み上げる。
『私たちには、どこにも逃げ場がありませんでした。
母上、ごめんなさい。愛した人と共に、この湖に眠ります。』
――だってさ。どうやら、二人で湖に身を投げて無理心中したみたいね」
悲しい結末に、エルとミレルカが胸を痛める。
カティア「女王様に、どう報告すれば…」
仲間たちが沈痛な空気に包まれる中、リリィはルビーの指輪を光にかざし、ニヤリと笑った。
「いやー、ラッキー! これ、高く売れそうじゃん?」
エル「あんたね! 少しは故人を偲むって気持ちはないの!?」
「偲んでるわよ。このルビーを売った金で、魔王を倒すための装備を整える。これ以上の供養はないでしょ?」
リリィは悪びれもせず指輪を懐にしまうと、女王への報告書を書き始めた。 「よし、と。
『ご息女ハンナ様は、愛する人と共に、この地で新たな事業を立ち上げ、幸せに暮らしておられます。お二人からの伝言です。”母上も、ぜひ一度、私たちのタコ焼きを食べに来てください”』…っと」
カティア「嘘八百にもほどがあるわよ!!」
「いいのよ、これで。女王様は娘が幸せだって信じられる。私たちは、この指輪と、前にせしめた宝玉と金貨が手に入る。誰も損しない。Win-Winよ」
ミレルカ「(…どうしよう、なんだかすごく良い話に聞こえてきた…)」
エル「ダメだミレルカ! そいつの理屈に脳を汚染されるな!」
こうして、悲劇の物語はゲスな勇者の手によってハッピーエンド(捏造)に書き換えられ、ルビーの指輪は、リリィの新しいイヤリングになったという。




