その68 魔王、町田に降臨
「けんたろう、余と人間界デートじゃ!」
魔王ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世(長すぎて何度も呼ぶのは重労働)が、両手でけんたろうを抱える。背後では魔王軍幹部たち――ハドうー、ネフェリウス、ファイアイス他が整列し、紙吹雪とクラッカーで大げさに見送る。
魔王軍幹部たちが血と汗と涙(とバイト代)で手に入れた「箱根二泊三日の旅」。その旅路は、けんたろうの想像を遥かに超える形で幕を開けた。
「「「「魔王様、婿殿! どうか、よき旅を!」 」」」
「ファイアイス! 貴様はそこで燃えている見送り用の旗を消せ!」
ハドうー「魔王様、お気をつけて。異世界の座標は箱根温泉に設定してあります」
ネフェリウス「温泉宿『鬼ヶ島荘』の予約も確認済みです」
ザイオス「我々のバイト代で貯めた軍資金、有効活用してください」
ヴェリタス「愛を育んできてください」
アスタロト「お土産、よろしくお願いします」
ファイアイス「ヒャッハー!燃える愛だぜー!」
全員「お前は黙ってろ!」
魔王様は優雅に手を振る。
「案ずるでない。余とけんたろうの愛があれば、どこへ行こうと怖いものなどない!」
「僕、別に怖くないですけど……心配なだけで……」
魔王様がけんたろうを抱きかかえたまま、次元の亀裂に飛び込んだ。
「うわああああああ!」
~~~~~
ドスン。
二人が着地したのは、硬いコンクリートの上だった。
魔王様「うむ!無事到着じゃな!」
けんたろう「あの……魔王様……」
けんたろうが震える指で指差した先には、『JR町田駅』の看板があった。
魔王様「まちだ……?箱根は『まちだ』という名前だったのかの?」
けんたろう「いえ……ここは東京都町田市です……箱根じゃないです……」
魔王様は首をかしげる。
「おかしいのう。座標計算は完璧だったはずなのじゃが……」
魔王様はけんたろうの手を取った。
「さあ!箱根への道のりも、愛の試練じゃ!あの『鉄の竜』に乗るのじゃ!」
指差す先には、小田急線の駅が見えていた。
~~小田急町田駅~~
駅の券売機の前で、魔王様は困惑していた。
魔王様「この機械は何じゃ?」
けんたろう「切符を買うんですよ。えーっと、箱根湯本まで……」
魔王様が券売機のボタンを押すと、画面が光った。
魔王様「おお!光った!きっと余の魔力に反応したのじゃな!」
けんたろう「いえ、ただのタッチパネルです……」
切符を購入し、ホームに向かう。やがて、白とブルーの美しい車両が滑り込んできた。
魔王様「良い色じゃ……違う世界で地上を焼き払った時の空のようじゃ!」
けんたろう「ロマンスカーです!。これで箱根まで一直線です。あとさらりと怖いこと言わないでください!」
魔王様の目がさらにキラリと光った。 「ロマンス……カー……?」
「え?」
「『Romance』……恋愛という意味じゃな!」
ああ、やっぱり。けんたろうは頭を抱えた。
◆魔王軍会議:勇者ベヂラマ事件・追加報告及び戦傷者慰労会
魔王城の会議室。そこには、全身に包帯を巻き、痛々しい姿のクロコダイノレがいた。勇者との戦いから、ようやく復帰したのだ。
ネフェリウス「クロコダイノレ、よくぞ戻った。皆、貴様の復帰を心待ちにしていたぞ」 クロコダイノレ「面目ない…。このクロコダイノレ、不覚を取り申した…」 その目には、まだトラウマの色が濃く残っている。
ハドうー「まあ、気にするな。それより、今日は貴様の慰労会だ。ヴェリタスが貴様のために、特製のプリンを用意してくれたぞ」 ヴェリタス「うむ。我が暗黒魔術の粋を集め、三日三晩煮込んだ『奈落プリン』だ。滋養強壮に良い」 差し出されたのは、沼のように黒く、かすかに蠢いているプリンだった。 クロコダイノレ「お、おう…恩に着る…」
慰労会の和やかな雰囲気の中、ザイオスがふと口を開いた。
「ところで、究極の疑問なのだが。『プリン』に醤油をかけると『ウニ』の味になるというのは、本当なのだろうか?」
その一言が、新たな戦いの火種となった。
アスタロト「馬鹿な。味覚の構成要素が全く違う。それは都市伝説に過ぎん」
ハドうー「いや、待て。プリンの『甘み』と『コク』、醤油の『塩味』と『旨味』…。これらが絶妙なバランスで混ざり合った時、擬似的なウニのフレーバーが脳内で再構築される可能性は否定できん!」
ネフェリウス「ならば検証あるのみ! ファイアイス、厨房から醤油を持ってこい!」
ファイアイス「ヒャッハー! 任せろ! ついでにタバスコとデスソースも持ってきてやったぜ!」
全員「「「余計なことをするな!!!」」」
結局、ヴェリタスの奈落プリンに醤油をかけたところ、おぞましい神話からの刺客が召喚されかけたため、会議は強制終了となった。クロコダイノレの心の傷は、さらに深まったという。
◆勇者一行、洞窟にてゲスの才覚を遺憾なく発揮する
エルフの女王から託された宝玉と金貨を懐に、リリィ一行は、駆け落ちしたカップルがいるという西の洞窟へ向かっていた。
エル「本当にこんな場所にいるのかしら…」
カティア「中は魔物の巣になっているって話よ。気をつけよう」
洞窟の入り口には、一体のゴブリンが見張りをしていた。ゴブリンはリリィたちを見つけると、慌てて武器を構える。
ゴブリン「キシャー! 人間、入るな!」
仲間たちが戦闘態勢に入る中、リリィはすっと前に出ると、懐から金貨を一枚取り出し、それをゴブリンの目の前で弾いた。チャリン、と甲高い音が洞窟に響く。
リリィ「ねえ、ゴブリンくん。時給いくらでここで見張りしてるの?」
ゴブリン「ジ、時給…? そんなものない! 魔王様への忠誠心だ!」
「ふーん、忠誠心ねぇ。タダ働きってことか。かわいそうに」
リリィはそう言うと、金貨の入った袋をジャラジャラと鳴らしてみせた。
「私さ、ここで新しい事業を始めようと思ってるんだけど。あんた、ウチで働かない?」
ゴブリン「は?」
「労働時間はきっちり8時間。週休二日制。危険手当あり。成果に応じてボーナスも出す。どう? 魔王軍よりホワイトな職場環境だと思うけど」
ゴブリン「ほ、本当か…? 週休二日…ボーナス…?」
「もちろん。とりあえず、洞窟の中にいる魔物をリストアップして、戦力と弱点を報告してくれたら、この金貨10枚を前金で払う。インセンティブってやつよ」
ゴブリンの目が、忠誠心から強欲へと変わるのに、時間はかからなかった。
カティア「……あいつ、敵を買収し始めたわ…」
エル「……ゲスのヘッドハンティング……」
ミレルカ「でも、これで戦わずに済みますね!(すごい!)」
こうして勇者一行は、一滴の血も流すことなく、内部情報ダダ洩れの状態で洞窟の最深部へと進むのであった。その先に、悲劇が待っているとも知らずに。
人類史とは、リリィのゲスさを証明するための壮大な脚注である




