その67 箱根へGO!
箱根への旅路は、想像を絶する形で始まった。
「さあ、けんたろう。行こうか」
魔王様がパチンと指を鳴らすと、空間がメロンソーダのように歪み、禍々しい紫色の亀裂――『次元回廊』が出現した。内壁には、なぜか歴代魔王軍幹部のしゃれこうべが埋め込まれており、目が合うとウィンクしてくる。最悪の移動手段だった。
「けんたろう、長旅で腹が減るであろう。弁当を作ってきたぞ」
「えっ、本当ですか!」
けんたろうは、この地獄空間で唯一の希望に満ちた光を見た。魔王様が差し出したのは、漆黒の重箱。蓋を開けた瞬間、彼はそっと蓋を閉じた。
――そこには、おにぎりのフリをした「叫ぶマンドラゴラの頭部の塩漬け」。タコさんウインナーに見せかけた「クラーケンの幼体の触手(まだ動いてる)」。そして、だし巻き卵の隣には、鮮やかな緑色の「歌うニンジンのグラッセ」が『♪売り尽くせ〜』と陽気なCMソングを奏でていた。
「どうじゃ? 愛情たっぷりじゃぞ。さあ、遠慮なく食べるがよい」
「ひぇっ……あの、魔王様のお気持ちだけで……腹筋がよじれるくらい、お腹いっぱいです……」
けんたろうは腹を抱えて震え始めた。魔王様はそれを「喜びのあまり身もだえしている」と解釈し、満足げに微笑む。その笑顔が、どんな魔物より恐ろしかった。
◆魔王軍会議 魔界でたびたび起こる超常現象について
ネフェリウス「諸君。本日の議題は『靴下はなぜ片方だけ消失するのか』である。余は、洗濯機という魔術装置が異次元へのゲートとなっており、対価として靴下をランダムに転送している説を提唱する」
ザイオス「甘いな、ネフェリウス。あれは靴下に宿りし微弱な精霊が、束縛からの自由を求め、夜な夜な家出しているのだ。いわば、魂の独立運動だ」
ヴェリタス「いいや。あれは『片割れ』を失った悲しみから、自己の存在を抹消する『哲学的自殺』に他ならない。我々は悲劇の目撃者なのだ」
ハドうー「俺は思う。どこかに俺たちの靴下だけをコレクションしている、歪んだ性癖の変態がいるに違いないと」
壮大な議論が白熱する中、経理担当のアスタロトが冷ややかに口を挟んだ。
「そういえばファイアイス。貴様、さっき中庭の洗濯場で何か盛大に燃やしていなかったか?」
全員の視線がファイアイスに突き刺さる。
「ヒャッハー! ああ! なんか湿ってて気持ち悪かったからな! 俺の業火でカラッとさせてやったぜ! 灰になったけどな!」
会議室に、しばしの沈黙が流れた。
全員「「「お前のせいかーーーーーっ!!!」」」
その日、魔王城では「対ファイアイス用鎮火魔術」の予算案が緊急上程された。
◆勇者一行、エルフの女王のもとへ
一方、勇者一行はエルフの里の最深部、水晶の玉座に座る女王と対峙していた。
エルフの女王「……人間よ。何の用だ。我が娘ハンナが人間の男にそそのかされ、里を捨ててより百年。我が心は人間への憎しみで凍てついておる。今すぐ立ち去れ」
威厳と悲しみに満ちた声に、カティアもエルも言葉を失う。どうしたものか……と誰もが思った、その時。
リリィ「女王陛下。初めまして、勇者のリリィと申します。ところで、娘さんの件ですが」
リリィはすっと前に出ると、懐から何かを取り出した。茶色く、少し萎びた根菜――先日、八百屋から失敬した大根だった。
仲間「「「(出た! 凶器の大根!)」」」
リリィ「実は私、この聖なる大根を煮込んでいたところ、神託を授かりまして。断面に、駆け落ちされたお二人の未来が映し出されたのです」
女王「な……なんだと!? そのような馬鹿げた話を……!」
リリィ「馬鹿げてなどおりません。ご覧ください。このシミ、駆け落ちした男のホクロの位置と寸分たがいません。そしてこのスジ! これは二人が将来開くタコ焼き屋の行列を暗示しております!」
女王「タコ……やき……?」
「ええ! しかも娘さんは幸せそうです! ……まあ、これ以上の詳細な未来を読み解くには、さらなる神託、すなわち触媒が必要でして……例えば、エルフの里に伝わるという『生命の宝玉』とか、活動資金として金貨一万枚ほどあれば、タコ焼きの味まで予言できるのですが」
リリィはキラキラした目で女王を見つめる。その目は、慈悲深い聖職者のそれではなく、カモを見つけた詐欺師の目だった。
女王「……わかった。話を聞こう。宝玉と金貨も……用意させよう。だから、娘の……ハンナの幸せを、もっと詳しく教えてくれ……!」
女王は、藁にもすがる思いでリリィの手を取った。
カティア「……ゲスの手口が、神の領域に達してやがる……」
エル「……倫理観とかじゃなくて、もうあいつ、時空を歪めてるだろ」
ミレルカ「でも、これで魔王を倒すための協力が得られそうです(感心)」
こうして勇者一行は、大根一本でエルフの里を味方につけるという、歴史的(物理的に殴る的な意味で)快挙を成し遂げたのだった。




