その64 魔王軍アルバイト奮闘記~管理経験は必須じゃない
魔界の朝、魔王城の寝室に甘ったるい空気が漂っていた。魔王ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世(コピペ必須)が、けんたろうを見つめながらもじもじしている。
「け、けんたろう…」
「はい?」
「余のこと…好きか?」
けんたろうは困った。正直に答えるべきか、適当に流すべきか。しかし、魔王様の真剣な眼差しに負けて、
「は、はい…好きです…」
小さくそう答えた。すると魔王様の目がキラキラと輝いた。
「??? 聞こえんぞ?」
「え?」
「? …すまぬ、けんたろう。夜風の音がうるさくて、よく聞こえんかったぞ」
「え、いや、だから…好きですって」
「んん? 何じゃ?『すき昆布』が食べたいのか?」
(絶対聞こえてるだろこの人! 楽しんでるだろ!)
「もっと大きい声で言うのじゃ♡」
けんたろうは赤面しながら、
「す…好きです!」
魔王様は満足そうに頷くと、さらに要求をエスカレートさせた。
「もっと言って♡ もっともっと♡」
「魔王様、これ以上は恥ずかしいです…」
「遠慮はいらんぞ♡ 愛の言葉に上限はないのじゃ♡」
けんたろうは、なぜか校庭で愛の告白をさせられている気分になった。魔王様の愛は今日も重い。
~~川~~
その頃、人間界のとある児童館。あなたがよく通りかかるあの児童館で、一人の巨漢が子供たちに囲まれていた。
魔王軍総司令官ハドうー。戦場では鬼神のごとき強さを誇る最強の戦士だが、管理能力は皆無。そんな彼が今、エプロンをつけて子供たちの世話をしている。
(教員系免許なしは時給1200円)
「ハドうーおじちゃん、お絵描きしよ〜!」
「あ、ああ…」
「ねぇねぇ、折り紙教えて〜!」
「え、えーっと…」
子供たちは容赦なく、ハドうーに群がってくる。戦場では無敵の彼も、子供の相手は完全に別ゲームだった。
「おじちゃん、紙飛行機作れる?」
「紙飛行機? そ、それくらいなら…」
ハドうーは一生懸命紙飛行機を作るが、なぜか戦闘機のような殺伐とした形になってしまう。
「なにこれ〜、怖い飛行機〜」
「あ、あああ…すまん…」
そんなハドうーの様子を見ていた大学生バイトの田中くん(20)が、困ったような顔で近づいてきた。
「あの…ハドうーさん、あなた、会社で管理職をやってるんですよね?」
「あ、ああ…一応、総司令官という立場で…」
「でも、子供の管理、全然できてないじゃないですか…」
ハドうーは涙目になった。
「戦場と児童館は違うのだ…敵なら倒せばいいが、子供は…子供は…」
「まあ、確かに子供の方が手強いかもしれませんね」
その時、6歳の女の子がハドうーの膝に飛び乗った。
「おじちゃん、お馬さんして〜!」
「お、お馬さん?」
「ぱっぱか走って〜!」
魔王軍最強の総司令官は、児童館の床を四つん這いで駆け回ることになった。戦場より過酷な現実がそこにあった。
~~川~~
一方、勇者一行は眠りの村を後にし、西の森へと向かっていた。リリィの財布は村人から「一時保管」した小銭でずっしりと重い。
「この森、なんか雰囲気が良いわね」
「確かに、空気が澄んでる」
その時、木陰から美しい影がちらりと見えた。
「あ! エルフだ!」
エルが指差すと、確かにそこには長い耳を持つ美しいエルフがいた。しかし、エルフは一行に気づくと、慌てたように森の奥へと消えていった。
「逃げちゃったね」
「エルフって人間を嫌うって聞くし…」
仲間たちが残念がる中、リリィの目だけがキラリと光った。
「エルフ…ね」
「リリィ? なんか顔が…」
「エルフって、長生きよね? ということは…」
リリィの脳内で何かが回転し始めた。危険な回転だった。
「長年蓄積した財産があるはずよ。しかも森の奥だから、誰にも邪魔されずに…」
「まさか…」
「エルフって、基本的に平和主義だから抵抗もしないでしょうし…」
ミレルカが震え声で、
「勇者様、まさかエルフから盗みを働こうというのですか?」
「盗みなんて人聞きの悪い! 異種族間の文化交流よ♡ 私たちはエルフの財産を『体験』して、代わりに世界平和という『価値』を提供するの♡」
エルが頭を抱える。
「その理屈、もはや外交レベルだよ…」
カティアも呆れ顔で、
「リリィの頭の中、どうなってるんだろうな…」
リリィは満面の笑みで森の奥を見つめた。そこには新たなゲスの可能性が広がっている。
「さあ、エルフとの『友好関係』を築きに行きましょう♡」
仲間たちは、エルフに謝罪する準備を始めた。今日もまた、勇者という名の災害が新たな被害者を求めて進んでいく。
常人の致死量を超えるゲスの量!




