その57 【終焉をもたらす漆黒の翼】と呼ばれた少女
魔界の夜。 けんたろうは今日も、魔王ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世(もはや早口言葉の最終試験)に、背後からがっちりと羽交い締めにされていた。
「けんたろう…♡ わらわの魔力、心地よいか?♡ 体の芯から温まるであろう?♡」 「ひぃっ…! 温まるっていうか、電子レンジの中にいる気分です! 細胞レベルで沸騰しそう!」
「ふふ、愛で満たされておる証拠じゃな。可愛い奴め♡」
魔王様は、けんたろうの耳元で甘く囁きながら、テーブルに置かれた一つの箱を指さした。それは、黒曜石と地獄の宝石で彩られた、見るからにヤバそうな箱だった。
「けんたろう、見てみよ。おぬしのために、とっておきの菓子を用意したぞ」
けんたろうが恐る恐る箱を開けると、中には色とりどりの、宝石のように美しい飴玉が入っていた。
「わ、綺麗…! これ、食べてもいいんですか?」
「うむ。それは『魂の宝石飴』じゃ。かつてわらわに逆らった天使たちの魂を、高純度の魔力で凝縮して作った、特製の飴じゃぞ♡」
「………………………………」
けんたろうの顔から、すぅっと血の気が引いていく。 魔王様は、そんな彼に気づく様子もなく、うっとりと続ける。 「一つ舐めるだけで、その天使が生前持っていた記憶や感情が、走馬灯のように脳内を駆け巡る。甘くて、切なくて、ちょっぴり罪深い味がするのじゃ。さあ、二人で一緒に食べようぞ♡」
「(食べたら俺の精神が崩壊するやつだこれーッ!!)」
魔王様が「あーん♡」と、真っ赤な『熾天使の絶望味』キャンディをけんたろうの口に運ぼうとした、その時。
ぱたり。
けんたろうは、もはや様式美となった流麗な動きで失神。魔王様は、そんな彼を優しく抱きとめると、その頬にキャンディをそっと押し当てた。 「おぉ…気絶した婿は、まるで砂糖菓子のようじゃな…♡」 (※けんたろうの頬から、微かに断末魔のようなものが聞こえた気がした)
◆魔王軍作戦会議:議題『魔王様への最適な誕生日プレゼントについて』
魔王城の会議室は、世界の行く末を左右するかの如き、真剣な雰囲気に満ちていた。 議長席のネフェリウスが、分厚い資料をめくりながら宣言する。
「来週に迫った魔王様御生誕祭! 我々幹部は、魔王様が心からお喜びになる、最高の贈り物を献上せねばならん! 各々、腹案はあろうな!」
最初に手を挙げたのは、武骨な竜将ザイオスだった。
「やはり、力こそ至高! 私が単身で人間界に乗り込み、かの勇者リリィの首を獲って献上する!」
アスタロトがそれに続く。
「いや、首だけでは芸がない。生け捕りにし、魔王様の御前で断頭の儀を執り行うのが、最高のエンターテイメントであろう!」
ハドうーが唸る。
「いっそ、人間の国一つ分の人間を生け捕りにし、プレゼントというのはどうだ?」
物騒な意見が飛び交う中、黒騎士ヴェリタスが静かに口を開いた。
「待て。最近の魔王様のご興味は、明らかに“婿殿”に向いている。婿殿に関連するものが、最もお喜びになるのではないか?」
その一言で、会議の流れが大きく変わった。
ネフェリウス「なるほど…! では、婿殿の故郷である“日本”とかいう国から、婿殿の好物を取り寄せるか!」
アスタロト「婿殿の等身大フィギュアを、純金で鋳造してはどうか!」
ザイオス「婿殿のクローンを百体ほど生産し、いつでもどこでも婿殿を侍らせる環境を構築する!」
ハドうー「いや、魔王様と婿殿に二泊三日の箱根温泉旅行を・・・」
全員「「「それだ!!!!」」」
その時、今まで黙って話を聞いていたファイアイスが、満を持して叫んだ。
「ヒャッハー! 婿殿の顔をかたどった超巨大なケーキを作って、ロウソク代わりに俺の炎で火をつけようぜ!」
会議室が、一瞬、静まり返る。 そして、ネフェリウスが静かに、しかし断固として言った。
「…貴様は、発想がいろいろと不敬すぎる。火、ダメ、絶対」
◆勇者一行、ゲスの社会貢献活動◆
その頃、勇者リリィ一行は、ウズーベの村から、アルデンヌの塔を目指していた。
その道中、とある寂れた村を訪れていた。 村は活気がなく、道行く人々もどこか疲弊している。
ミレルカ「なんだか、元気のない村ですね…」
エル「魔物にでも襲われたのかしら…」
リリィは、村の広場で物憂げに座っている村長に話しかけた。
「村長さん、どうしたの? 何か悩み事?」
「おお、勇者様…実はこの村、長引く不況で財政が火の車でしてな…。村人たちの心も、すっかり荒んでしまったのですじゃ…」
それを聞いたリリィは、にっこりと微笑んだ。
「わかったわ! この私が、村おこしを手伝ってあげる!」
カティア(え、珍しい…! リリィがまともなことを言ってる…!)
エル(明日は槍でも降るのかしら…)
リリィは村人たちを集めると、高らかに宣言した。
「みんな、聞いて! この村に、新たな娯楽と産業を私がもたらします! その名も…『ゲス・ロワイヤル』よ!」
村人たち「「「???」」」
リリィ「ルールは簡単! この村に隠された私の財布を見つけ出した一人に、中に入っている1000ゴールドを山分けであげるわ!」
村人たちが「おおぉぉ!」と色めき立つ。 リリィは続ける。
「ただし! 宝探しを妨害してもOK! 他の参加者を騙しても、罠にハメてもOK! 暴力以外なら、どんな手を使っても許される、究極のサバイバルゲームよ!」
その言葉に、村人たちの目がギラリと光った。 金と、日頃の鬱憤を晴らす機会。目の前にぶら下げられた餌に、彼らは食いついた。 「よーい、スタート!」の合図と共に、村人たちは我先にと散っていく。 村のあちこちで、怒号や騙し合い、小競り合いが始まった。村は一瞬にして、欲望渦巻く無法地帯と化した。
カティア「村おこしっていうか、村崩壊よこれ!」
エル「人の心の醜い部分をエンタメにしてどうするのよ!」
ミレルカ「(村の隅で泣いている子供に、そっとお菓子を渡しながら)ごめんね…悪いのは全部あの人なの…」
夕方。 ボロボロになった村人たちの前に、リリィが再び現れた。 「はい、そこまでー! みんな、楽しんでくれたかしら?」 そして、自分の懐から、例の財布を取り出した。 「残念! 私の財布は、最初から私が持っていましたー!」
唖然とする村人たちを前に、リリィは高らかに言い放った。
「でも、見てみなさい! みんな、ゲームが始まる前より、ずっと生き生きしてるじゃない! そう、この村に足りなかったのは、生きるための闘争心だったのよ!」
村人たちは、互いのボロボロの顔を見合わせ、なぜか「確かに…」と納得し始めていた。
リリィ「さあ、村長さん! この画期的なイベントの企画・運営費として、報酬をいただきましょうか! そうね、特別に5000ゴールドでいいわ!」
――ゲスのコンサルティング。 それは、ありもしない問題をでっち上げ、解決したフリをして高額な報酬を請求する、悪魔をも凌ぐ商魂だった。
ゲスの方程式【E=mc²】!!!
E=エグさ、m=問題勇者、c=Corruption堕落・腐敗の意。




