その55 各陣営、思いが巡る
けんたろうは長年の習慣で、魔界に来てからも日記をつけ続けていた。書くものが尽きたので、今日は魔王様の書斎から豪奢な装飾の筆を一本、拝借してきた。
「けんたろう、その筆を使うのか?」
背後から魔王様の甘い声。いつものように、心臓に悪い。
「す、すいません! やはりまずいものでしたか? 呪いのアイテムとか…」
「ふふ、半分正解じゃ。それは魔筆」
「………………………………」
けんたろうは、そっと筆を机に置こうとした。
「この筆で紙に記したことは、現実になると言われておる」
魔王様はけんたろうの手を優しく握り、筆を握らせ直した。
「で、では…どんな願いでも叶うんですか? 例えば、大金持ちとか…」
「うむ。かつて、この筆で『永遠の命』を願った貴族がおってな。見事、不老不死になったぞ」
「すごいじゃないですか!」
「ああ。永遠に血を啜り続ける吸血鬼となってな。今はどこぞの洋館で、終わらぬ孤独に耐えかねて泣いておるそうじゃ」
「………………………………」 (じゃあ『魔王様と末永く幸せに暮らしました』って書いたら、俺はどうなっちゃうんだ!?)
「悪魔の娘の死を書き記した王妃は、自らのナイフの上に転倒して命を落としてな・・・」
けんたろうが恐怖で震えるのを、魔王様は愛おしそうに抱きしめた。
「大丈夫じゃ、婿よ。わらわと一緒なら、どんな呪いも祝福に変わるぞ♡」
(その理屈が一番こわい!)
◆魔王軍会議:議題『“勇者”の定義と行動原理の再検証』
議長:ネフェリウス 出席:ハドうー、ザイオス、ファイアイス、アスタロト、黒騎士ヴェリタス
「緊急議題である。勇者リリィをどう倒すか……」
ハドうー「まず、弱点を分析しよう。勇者の正義感につけ込んで……」
アスタロト「ちょっと待て。あいつに正義感なんてあったか?」
ヴェリタス「むしろ人質取って炎魔法撃ってくるぞ」
沈黙。
ネフェリウス「では……勇者の仲間思いな心を利用して……」
ファイアイス「仲間から『極悪非道軍団』って呼ばれてるぜ?」
ザイオス「……おかしくないか?」
全員の顔に困惑が浮かぶ。
ハドうー「勇者を倒すために……民間人を人質に……いや、それ勇者の方がやってるな」
アスタロト「じゃあ、卑怯な手を使って……って、これも勇者の十八番だ」
ヴェリタス「不意打ちで……いや、勇者はもっと容赦ないぞ」
ネフェリウス「ちょっと待て……我々は悪役のはずだよな?」
全員「………………」
ザイオス「俺たちが『勇者らしい戦い方』を考えて、勇者が『悪役みたいな戦い方』をしている……」
ファイアイス「なんか……変じゃね?」
ハドうー「そうだ……なんか違和感があったんだ……」
重い沈黙が会議室を支配する。
アスタロト「……俺たち、本当に悪役なのか?」
ヴェリタス「少なくとも、あの勇者よりは善良な気がする……」
ネフェリウス「魔王軍なのに、騎士道精神で悩んでいる我々って……」
全員「………………………」
~~そのころのリリィたち 宿屋の一室~~
アルデンヌの塔を前に、勇者一行は村の宿で、もう一泊することにした。 いつも無茶な進軍をしたがるリリィが、珍しく休息を提案したのだ。
カティア「明日に備えてしっかり休むなんて、今回はまともな判断ね」
エル「うん、ちょっと見直しちゃったかも…」
ロウソクの灯りが揺れる部屋で、リリィは珍しく神妙な面持ちで呟いた。
「ねぇ……また、魔王軍が来たらどうしよう…」
その言葉に、仲間たちも表情を曇らせる。
「特に、あのザイオスってやつが来たら……私、勝てるかな…」
リリィの弱気な発言に、仲間たちは驚きつつも、彼女の不安を察した。
ミレルカ「あんなに強い勇者様でも、不安になることがあるんですね…」
エル「それだけ、あの極竜軍団長ってやつが強いってことなんだろうな…」
カティア「何か作戦を考えているのね、リリィ?」
仲間たちの真剣な眼差しを受け、リリィはこくりと頷くと、静かに口を開いた。
リリィ「 あいつ確か“極竜軍団長”だったわよね? なら、どこかの山に住んでるドラゴンとか捕まえて人質にすれば、案外言うこと聞くんじゃないかしら?」
仲間たち「「「…………え?」」」
仲間たちは、顔を見合わせた。 自分たちが一瞬でもリリィを心配したことを、心の底から後悔しながら。
エル「発想が人質から離れない!」
カティア「しかもスケールアップしてるし!」
ミレルカ「そもそもドラゴンの捕まえ方から考えないと…」
全員「「「ちゃんと勇者やれよ!!!!」」」
ゲスに自由を与えよ、さすれば世界は燃える




