その54 ラブラブ×ホラー(心拍二重奏) in メフィス・ヘレニア・ダークネス・クレプスキュール宮殿
魔界の宮殿。 けんたろうは今日も、魔王様に背後から抱きしめられ、甘い囁きと地獄の宣告を同時に浴びていた。
「けんたろう…♡ わらわの心臓の音、聞こえるか? おぬしのために鳴っておるのじゃ♡」
「(ひぃっ!心臓の音が地響きにしか聞こえない!絶対マグマの脈動とかでしょ!?)」
恐怖から逃れるように視線を彷徨わせた先、廊下の壁に飾られた一枚の不気味な絵が目に留まる。血のような赤黒い背景に、歪んだ人型の何かが描かれている。
「ま、魔王様…あの絵、まるでこちらを覗いているようで、おぞましいのですが…」
「ん? ああ、あれか」
魔王様はうっとりとけんたろうに頬ずりしながら、こともなげに言った。
「あれは、かつてわらわに逆らった勇者の成れの果てじゃ。惨殺され、天国に行けず、その魂が怨念となって絵に住み着いた悪魔よ」
「………………………………」
けんたろうの思考が完全に停止する。 魔王様はさらに追い打ちをかけるように、可愛らしく小首を傾げた。
「夜中、たまに絵から這い出てきて散歩しておる。寂しいのじゃろうな」
「こわいいいいい!!!!散歩ってレベルじゃないでしょそれ!」
「でも安心せい、婿よ」
魔王様はけんたろうを正面からぎゅっと抱きしめる。
「わらわの寝室には結界を張っておる。悪魔は入れぬが、おぬしも出られぬ。二人きりで朝まで一緒じゃ♡」
「別の意味でこわいいいいいいいいい!!!!!」
けんたろうは物理的ホラーと精神的ホラーの合わせ技で、意識を手放した。
~~魔王軍付属病院~~
◆クロコダイノレ、受難の日々
全身包帯ミイラ状態のクロコダイノレ。その病室に、魔王軍幹部がぞろぞろと見舞いに来た。
ハドうー「クロコダイノレよ…大丈夫か…」
ネフェリウス「火傷にはアロエが効く。後で最高級の魔界アロエを」
ザイオス「無理はするな。ゆっくり休め」
幹部たちの温かい言葉に、クロコダイノレの目から涙が一筋こぼれる。 その時、ファイアイスが巨大なバーナーを手に乱入してきた。
「ヒャッハー! 傷口を焼いて消毒だ!“焼きワニ”は男の勲章だぜ!」
「やめろ馬鹿! とどめを刺す気か!」
「貴様は見舞いの概念から学び直せ」
ハドうーとザイオスがファイアイスを取り押さえる。
クロコダイノレは思った。(早く退院したい…ここが一番危険だ…)
~~市場の果物屋~~
◆勇者、ゲスの言語トリック
リリィ「ねぇ、おじさん。これはなに?」
店主「ああ、それはりんごだよ」
リリィ「じゃあ、これは?」
店主「そっちはメロンだね」
リリィ「へぇー。じゃあ、これは?」
店主「お、お嬢ちゃん、目が高いね! それは洋ナシだよ!」
瞬間、リリィの目がキラリと光る。 彼女は悲しそうな顔で、芝居がかったため息をついた。
「え? “用無し”? こんなに美味しそうなのに、いらないの? ……かわいそうに。しょうがないわね、私がもらってあげる!」
そう言って、リリィは洋ナシを数個ひっつかむと、足早に去っていく。
店主「違う! そういう意味じゃない! 待て! 金払えー!」
カティア「ダジャレを利用した窃盗…新手の犯罪だわ…」
エル「ゲスな上にセコい…“ゲスセコ”の極みね…」
ミレルカ「その代金、払います……」
ゲスの屁理屈は、今日も誰かの善意を食い物にする。
ゲスセコ~!




