その50 虚無をもぶった斬る魔王の愛
「あの、魔王様って……どれくらい強いんですか?」
けんたろうは、何気ない質問のつもりだった。だが、その一言で魔界に寒風が吹き荒れることになる。
魔王ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世は、艶やかに笑った。
「そうじゃのう……別次元の邪悪な九頭竜、あいつなら――この剣《魔剣アルケラトス》で今すぐぶった斬れるわ」
ざわ……ざわ……。
暗黒沼の魚たちまで動揺して泡を吹きはじめる。
「最近はどこかの世界に呼ばれたから、ついでに地上を平らにしてやったわ。ほら、360度全部、地平線よ。婿に見せたかったわ♡」
ざわ……ざわ……ざわ……。
(婿?俺のことだよな!?そんな“世界ならし記念デート”いらないから!!)
「虚無の神《ネガ=エクス=デウス》。あやつは世界が生まれる前、“存在しないこと”を司っていた神。あやつと戦ったらどうなるかの?」
ざわ……ざわ……ざわ……ざわ……。
けんたろうの背中に冷や汗が滝のように流れる。
「で、煉獄の審判者《イグニス・ヴァル=ハザード》は――」
「聞かなきゃよかったぁぁぁぁぁ!!!怖いィィィィィ!!!」
けんたろうは腰を抜かし、魔王のマントにすがりつく。
しかし魔王はむしろ喜んで抱きしめ返す。
「まぁまぁ♡ 震える婿もかわゆいのう♡」
(いや俺、いま完全に“恐怖で泣きじゃくる幼児”なんですけど!?)
そのころ――。
クロコダイノレはすでに斧を捨て、完全に人質にされた子熊を気にしながら両手を上げていた。
リリィの顔は笑っているが、その目は限りなくゲス。
「ククク……お前に慈悲はない。一思いにとどめを刺してやろう……」
炎の魔法《ベヂラマ!》が炸裂。
「ぐわぁぁぁぁぁ!!!」クロコダイノレの鱗が焼け焦げる。
その光景を見て、仲間たち――エル、カティア、ミレルカは顔を引きつらせる。
「ちょ、ちょっと……リリィ……」
「え……ええと……これ……正義の戦い、だよね?」
「どっちが勇者だよ……」
リリィはさらに追撃。
「ククク……子熊の命は保証しよう。しかし!お前はここまでだ!」
「ぐわぁぁぁ!!!」クロコダイノレの断末魔が虚空に響く。
そのとき――稲妻が走った。
極竜軍団長ザイオスが天から舞い降りる。
「薄汚い手でクロコダイノレを触ることは許さない……!」
雷鳴轟くなか、リリィとザイオスが睨み合う。
だが仲間たちは心の底から叫んだ。
「いや、ほんとにどっちが勇者なんだよ!!!」




