その49 暗黒沼の恐怖かと思いきや、実は勇者が沼よりゲスだった
けんたろうは今日も魔王――いや、正式名称を全部言うと息が続かないから省略するが――ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世と、魔界デート中だった。
「けんたろう、手をつなげ。」
「ひぇっ!? ま、魔王様…! そ、その、ちょっと恥ずかしい…」
「婿はかわいいのう。もっとべたべたしてやろうではないか」
頬ずりしてくる魔王に、けんたろうは心臓が壊れそうになりながらも、必死で男らしく振る舞う。
「お、男だから! こういうときは、女性を安全な方に歩かせるんだ!」
そう言って、魔王を道の内側へ――いや、そこは道じゃなくて暗黒沼だった。
バリバリバリ!!
地獄の落雷にも似た衝撃音が響く。
「ぎゃああああああああああああああああ!!!」
けんたろう、魂の底からの断末魔!
だが。
……しばらく経っても、ぴんぴんしている。
「え? 生きてる? え、俺? えっ!?」
腰を抜かしたままのけんたろうを見下ろし、魔王はニヤリと笑った。
「魔王の指輪をつけておれば、どこを歩いてもノーダメージじゃ。火山のマグマでも、ブラックホールの入口でも、魔界のファミレスでも安心じゃ」
「……ファミレスもダメージエリアなのかよ!? 怖っ!!」
けんたろうは涙目で指輪を見つめる。
「こ、こわい……もう普通に道を歩きたい……」
魔王は腰を抜かした彼をお姫様抱っこし、甘やかすように微笑んだ。
「よしよし、婿はかわいいのう。寝室までこのまま連れて行こうか」
「い、いやいやいや! デート中でしょ!? 外だし! 人目あるし!!」
(※魔界に人目という概念はあまりない)
その頃――勇者リリィたち。
子熊を人質に取ったリリィの前で、クロコダイノレは両手を上げ、斧を捨てていた。
「ワニ野郎! 手を挙げて、後ろを向け!」
「くっ……だが子熊の命を守らねば……!」
仲間の絆よりも子熊優先のワニ将軍。その忠義、涙ぐましい。
……だが勇者リリィは、ゲスだった。
「ベヂラマッ!」
ボウッ!! 炎がクロコダイノレを直撃。
「ぎゃあああああああ!!」
エル「ちょっ!? 人質取ってる側が攻撃する!? そんなのあり!?」
ミレルカ「勇者って、普通は子熊を解放してから戦うよね!?」
カティア「私たち、本当に勇者パーティなの? なんか“極悪非道軍団”に雇われてる気がするんだけど……」
だがリリィは構わず、もう一発。
「ベヂラマァァァッ!!!」
「ぎゃああああ!!」クロコダイノレが二度目の悲鳴を上げる。
リリィは不敵に笑った。
「フフフ……子熊の命は保証してあげるわ! だが、お前の命はここまでよ!」
(仲間全員:いや、完全に悪役のセリフぅぅぅ!!)
クロコダイノレは悔しげに歯を食いしばりながら言う。
「貴様……勇者の名を騙る悪魔か……!」
リリィは冷ややかに返した。
「あら? 子熊の命がどうなってもいいのかしらぁ?」
勇者パーティの誰もが「もうツッコミきれない」と黙り込むしかなかった。
――ゲスの複素数平面。
その方程式を解く鍵は、勇者リリィの腹黒さだった。
けんたろう「……え? 勇者パート、俺よりホラーじゃない?」
魔王「婿は安心せい。あっちはあっちで地獄じゃ」




