その48 戦略的思考
けんたろうは今日も、魔王ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世の隣を歩いていた。
というよりも、ほぼ腕に絡みつかれていた。
「けんたろう……♡」
魔王が恍惚の笑みを浮かべ、頬をすり寄せてくる。
圧倒的美貌、そして人を滅ぼすほどの魔力。そんな存在が全力でベタベタしてくるのだから、普通の青年・けんたろうの心臓は毎回臨死体験だ。
「ひっ……ひぃぃ……」
「そんなに震えてどうした?寒いのか?」
「いや、魔王様が近いから……」
「ふふ、かわいいのぅ♡」
魔王はにっこり微笑みながら、唐突に尋ねる。
「けんたろうは前の世界で、何を趣味にしていた?」
「え? えーと……将棋とか……」
「ショーギ?」
魔王は小首をかしげる。
けんたろうはしぶしぶ、盤上で駒を動かす遊びだと説明する。王を守りつつ、相手を追い詰める知略の遊戯――そう聞くと、魔王の顔はますます妖艶に輝いた。
「なるほど……面白い。では魔界のダークオリハルコンを使い、将棋の兵を作ってみぬか?」
「……へ?」
「勇者を抹殺する兵よ」
ぞわぁぁぁ……!
背筋が凍りつく音が聞こえた気がした。
「そ、そんなの将棋じゃないですよ!?ただの殺戮兵器じゃないですか!!」
「愛する婿殿の趣味を尊重したまでじゃ」
「やめてぇぇぇ!!!」
――けんたろうは今日も泣きそうだった。
~~~橋~~~
一方そのころ。
勇者リリィたちは、魔王軍アニマルモンスター軍団長・クロコダイノレと対峙していた。
クロコダイノレはワニと恐竜を足して3で割ったような巨体で、にもかかわらず、まるで稲妻のような速さで地を駆ける!
「は、速い……!」
エルが目を見開いた。
カティアも剣を構えながら息を呑む。
「巨体のくせに、あれだけ素早いなんて……!」
だがリリィは違った。彼女の動きは、それをさらに凌駕していた。
華奢な少女の姿とは思えぬ速度で斬り込み、避け、また斬り返す。
クロコダイノレの心の声。
(この小娘が……勇者だと……!? 馬鹿な、我が軍団長の地位が……!)
「我は魔王軍アニマルモンスター軍の軍団長、クロコダイノレ! 侮るなぁ!!」
咆哮とともに、斧を振り下ろす。大地が割れ、砂塵が舞う!
そのとき、場違いなほど愛らしい鳴き声が響いた。
「きゅうん」
ちょこん、と子熊のモンスターが顔を出した。まだ毛もふわふわの赤ん坊だ。
クロコダイノレは動きを止める。
「子熊よ、危ない!下がっていろ!」
――その瞬間だった。
リリィがすばやく子熊を抱え上げ、剣を突きつけた。
「動くなッ! まずはその手に持ってる大きな斧を捨てろ!!」
場が凍りついた。
エル「……えっ」
カティア「お、おいリリィ、それ……」
ミレルカ「まさかの人質戦法!?」
クロコダイノレは全身を震わせた。
「お前……人間のくせに……赤子を……!? 我より悪魔ではないか……!」
だがリリィは至極真剣な顔で言い放つ。
「はぁ? 私は勇者だぞ? 敵の弱点を突くのは当然だろ? これは戦略!正義の人質戦略!」
カティア(いやいやいや!どの口が正義って言ってんの!?)
エル「ゲスすぎるぅぅぅ!!」
ミレルカ「クロコダイノレが気の毒に見えてきた……」
クロコダイノレは涙目で斧を投げ捨てた。
「ぐぬぬ……! 勇者…貴様ぁ!!」
どっちが悪者か、もはや誰もわからない。
リリィ本人だけは胸を張っていた。
「ふふん。さ、さっさと投降してもらうわよ? こっちは子熊の命がかかってるんだから!」
――どんな時も、ゲスの色が違う。リリィはゲスの万華鏡!




