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その44 邪悪竜のラブデート、なのに勇者がゲスすぎた

 魔界の夜。

 群青の空に浮かぶ月は、まるで巨大な血のチーズホールのように輝いていた。

(いや、比喩がチーズってなんだよ、とけんたろうは思ったが、魔界の月は本当に赤いチーズっぽいのだ。どうしようもない。)


 けんたろうは、魔王ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世に手を引かれ、崖の上へ。

 そこには――邪悪な竜。全長30メートル。翼を広げれば校庭二つ分。牙は光り、口からはすでに消化しかけた冒険者のマントがはみ出している。


 けんたろう「え……これ、夜空のデートって言ってたやつですか?」

 魔王「そうだ。ロマンチックであろう?」

 けんたろう「無理無理無理無理!!絶対に死ぬやつでしょ!?バイオ施設の最終ボスじゃん!人食い焼却炉みたいな顔してるんですけど!?」


 魔王は笑った。

「けんたろう、乗るなら早くしろ。でなければ……帰れ♡」


 竜の背にまたがる魔王の姿は、夜風にたなびくマントと相まって恐ろしくも美しい。

 けんたろうは膝を震わせながら、心の中で繰り返す。


(逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……!)


 けんたろう「愛に乗るって何!?エントリープラグ式なの!?LCLで満たされるの!?」

 魔王の目が、闇よりも深く怪しく光る。

 けんたろうは半泣きで竜の背に乗ると、すぐにバランスを崩して魔王にしがみついた。

 その瞬間、夜空を切り裂くように竜は飛び立つ――


 けんたろう「ぎゃあああああああああああ!!」

 魔王「ふふふ。愛の悲鳴ほど、美しい音楽はない」



 そのころ魔王城では、アスタロト将軍が難しい顔をしていた。

「なぜだ!なぜ我が出番は少ないのだ!?我は魔王の盾、最前線を守護する存在!なのに人間どもはここまで攻めてこない!つまり、我はニートだと言いたいのか!」


 バルドが腕を組んでうなる。

「お前、実働時間が一日平均で3分とか、そりゃ楽だろ。俺は不死軍団長だから、毎日、ゾンビとか幽霊とか、そんな部下の管理でクタクタなんだぞ!」


 アスタロトは立ち上がった。

「楽……だと?貴様、真実を知らぬからそんなことを言えるのだ!

 我らが存在は“来るべき戦いの可能性”を背負っている。可能性とはすなわち、現実に存在しないが、存在し得る“かもしれない未来”そのもの。

 つまり我は、常に“まだ起きていない戦い”と“起きるかもしれない戦い”の板挟みになり、その精神的重圧により、実働時間3分がむしろ永遠にも感じられるのである!」


 場が険悪になったところで、ネフェリウスが静かに手を上げた。

「……聞け。アスタロトの存在は、敵にとっての抑止力である。つまりだ、人間どもは“あそこにアスタロトがいるから攻められない”と恐れているのだ」


 一同がざわめく。

「おおっ……そういう解釈も……!」


「つまり我は……最強すぎて出番がないのか!」

「お前、急にドヤ顔すんな!」


 結局、アスタロトは満足して帰っていった。

 人間はまだ攻めてきていない。

 つまり今日も彼の仕事はなかった。


 ~~橋~~


 その頃、勇者リリィたちはイタロマの城下町で情報収集中。


 ミレルカ「勇者様、大泥棒の堀木はアルデンヌの塔をアジトにしているらしいです!」

 リリィ「よし、いくぞ!」


 そう言うやいなや、リリィはエルに向き直る。

「エル、武器と防具を売るぞ!」

 エル「えっ!?なんでですか!?」

 リリィ「だって後衛の魔法使いなんだから、いらないでしょ!その分薬草を買うから!」

 エル「え、え、え!?死ぬよ!?私が先に死ぬよ!?」


 結局エルの武器と防具は質屋に売られ、代わりに勇者は袋いっぱいの薬草を得た。

 だがその中に何故か「よもぎ餅」が混じっていたのは誰も気づかなかった。


 ――こうして今日も、愛とゲスと混乱とよもぎ餅が世界を駆け巡る。


 君は≪闇宇宙≫(ゲス)を感じたか?

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