その42 暗黒のワルツで灰になる夜――だが勇者は今日も財布が灰
魔界王宮の奥深く――人間界の国王でもそうそう入れないほど豪奢な一室。
天井からは黒水晶のシャンデリアがぶら下がり、光の代わりに紫色の霧を放っている。室内には、古代魔族の楽団が奏でる優雅な音楽が満ちていた。バイオリンの弦は蜘蛛の糸、ドラムは溶岩の泡、ピアノは人間界のカフェから盗んできたやつ。
そんな荘厳な雰囲気の中、魔王――ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世が、そっと手を差し出す。
「踊らぬか、けんたろう」
「えっ…あ、あの、僕、社交ダンスなんて……」
「問題ない。我が導く」
その声は甘く、しかし背筋に氷を滑らせるような冷たさも孕んでいる。
断る…?そんな選択肢は存在しない。なぜなら、断った瞬間、床下から溶岩が噴き出す未来が容易に想像できたからだ。
ぎこちなく手を取るけんたろう。
そして始まる、悪魔と人間のワルツ。
最初は距離を保っていたが、魔王のステップが近づくたび、けんたろうの心拍は上がり、呼吸は浅くなっていく。
――密着。
――ドキドキ。
――あれ、心臓が一拍飛んだ?
だが、次の瞬間。
バリバリバリバリッ!!!
「うわああああああ!!!」
突然、全身に痺れるような衝撃。
暗黒バリアの結界に、けんたろうの背中が引っ掛かったのだ。
「おっと」魔王は片手でけんたろうを引き寄せながら、優雅に笑う。
「愛の証をつけていなければ――今頃、黒焦げの灰だ」
けんたろうは震える手で、自分の指にはまった指輪を見た。
魔王の指輪。呪い付き。
これがあると毒の沼でも無傷、灼熱の砂漠でも無傷、そして暗黒バリアでも灰にならない。
…でも外すと即死。
まさに愛の枷。
けんたろうは腰から力が抜け、その場にへたり込んだ。
魔王は微笑み、耳元で囁く。
「私のものだな」
――ゾッとするのに、なぜかほんのり甘い。怖い。
一方その頃、魔王軍会議室
今日はハドうーが健康診断で不在。
勇者との戦いで受けたダメージの経過観察だとか。
司会はネフェリウス。眼鏡をクイッと上げ、厳かに口を開く。
「人間どもを制圧するには、まずやつらの行動原理を理解せねばならん!」
スクリーンに映し出される街角の映像。
人間が片手に紙コップを持ち、悠々と歩いている。
「なぜだ!単価の高いコーヒーを持ち歩く必要があるのか!」
「しかも飲まない!ぬるくなるぞ!」
「見ろ!今、店に入ったぞ!飲みきってから入れ!商品を汚す危険を考えろ!」
部下たちがざわつく。
「人間、怖い…」
「滅ぼすべきですな」
「ていうか紙コップってリサイクルどうなってんです?」
議論はさらに暴走し、
「コーヒーを片手に歩くのは、カフェインによる覚醒で戦闘力アップ」
「あるいは暗号通信だ。コーヒーの色で仲間に合図している」
「滅ぼすべし」
結論:人間、滅ぼすべし
さらにその頃、勇者リリィ一行
新しい街に着いた勇者パーティ。
仲間たちは装備屋の前で目を輝かせていた。
「勇者様、新しい装備を買いましょう!」
「私たちの剣も鎧もボロボロですし…」
リリィは首を振った。
「今回は買わない!」
仲間たち「えぇー!?」
「いつもみんなに我慢させてるから、今回は私も我慢するよ」
「勇者様…」
――しかし心の中。
(いや、ギャンブルで全財産スったんだよね。てへ)
仲間たち「じゃあ私たちにだけでも買って…」
リリィ「…(聞こえないフリ)」
こうして勇者は、光あふれる世界で今日もゲス街道をまっしぐらに進んでいくのだった。
ゲスだ! 光あふれる世界に!
ゲスだ! 嵐を呼ぶのは!




