その41 魔界恋愛大炎上〜燃えてるのは街か、それともお前のハートか〜
けんたろうは、そっとため息をついた。
後ろから、靴音が一歩遅れてついてくる。
――魔界の街の郊外。
夕暮れの石畳を、二つの影が伸びている。
3歩後ろ――そう、それが魔王ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世の「つつましさ」スタイルだった。
「……意外と、控えめなんですね?」
恐る恐る振り返るけんたろう。
魔王は微笑んだ。
「ええ、影を踏むだけで呪えるから」
「…………え?」
空気が一瞬にして真空になった。
背筋を、氷柱でなぞられたみたいな寒気が走る。
足を止めることは許されない・・・
一瞬、「可愛いな」と思ってたけんたろうの脳裏に、ドス黒い呪詛エフェクトが差し込まれた。
◆ 魔界王宮・月例会議「今月の避難訓練」
一方その頃、魔王軍本部。
今日は月一回の避難訓練の日。テーマは「火災時の行動」。
魔王軍幹部・大魔導士ネフェリウスが魔法拡声器を手に叫ぶ。
「訓練!訓練! 魔界王宮C棟で火災発生! 『おかしも』を守り、速やかに避難せよ!」
(お=押さない、か=駆けない、し=喋らない、も=燃やさない)
魔王軍兵士たちはきびきびと動き出す――はずだった。
しかし。
「……あれ? 今回、煙の演出がやたらリアルじゃないか?」
「ゲホッゲホッ! ネフェさん! これ、本当に煙じゃないですか!?」
ネフェリウスは慌てて振り返る。
そこには右半身が炎でできた魔人――ファイアイスが「ヒャッハー!」と叫びながらカーテンを燃やしていた。
「ヒャッハー!燃えろー!避難訓練ってそういう意味だろぉ?」
「いやお前、それ放火だからな!? 訓練の概念どこ行った!?」
廊下を逃げ惑う魔物たち。
ネフェリウス「だから『しゃべらない』って言ってるのにぃぃ!」
バルド「それ以前に『命を守れ』だろ!」
「親の顔が見たいわ!」と誰かが叫ぶ。
そこで手を挙げる影――魔王軍総司令官ハドうー。
「……なんか、すいません。禁呪で私が作りました」
~~川~~
一方その頃――
ミレルカ(ベッドで熟睡中)「……勇者様、今日は早く帰ってきたなぁ……」
カティア(夢の中)「肉……もっと……」
エル(寝返り)「ふふ……勝利の女神は……」
イタロマの宿でぐっすり眠る仲間たちを尻目に、勇者リリィはモンスター闘技場のVIP席で笑っていた。
「よーし、次はあのスライムに全部賭けだ!」
「勇者様! それはやめた方が!」
「うるさい! 勇気ってのは、こういうときに使うのさ!」
結果――スライムは開幕5秒で爆散し、勇者の全財産はきれいさっぱり消え去った。
「……ま、いっか♪」
帰り道、空を見上げてつぶやく勇者。
勇者 強さ やさしさ
力 勇気 ゲス非道!
たぶんこの世界で一番悪魔的なのは、魔王でも炎の魔人でもなく、勇者リリィである。




