その32 死ぬほど愛して
玉座の間。
「けんたろう……私は、あなたのためなら死ねるわ」
魔王《ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世》が、うっとりとした表情で言った。
しかも、その手には黒い大剣。物騒度は婚約指輪の一兆倍。
「えっ、ちょ、なにそれ怖い! いや言葉だけでいいから! 行動はやめて!」
けんたろうの制止もむなしく――
ズバァァァンッ!!
魔王は、自分の胸をズドンと突き刺して倒れた。
血の池が広がり、けんたろうは真っ青になる。
「おいおいおいおいおい!? なんで!? 今!? ていうか軽すぎない!? 告白して秒でエンディングみたいなことするな!」
パニックになるけんたろう。彼の声は、魔王城の廊下を反響し、遠くの部屋で昼寝していた側近たちを叩き起こした。
そこへ、ぞろぞろと側近たちが集まってくる。
魔王軍・幹部の大魔導士ネフェリウス(参謀長)が淡々と告げた。
「ご安心ください。我らが主は聖遺物・《光の玉》を使用せぬ限り、真の死は訪れません」
「え、え? つまり……?」
「つまり、5分ほどで復活なさいます」
5分後――
魔王は案の定、10分後に「おはよー」みたいな顔で復活した。
「ふぅ、死んだ死んだ。けんたろう、悲しんでくれた?」
「なにこの茶番!!!」
「あなたのために死ねると言ったでしょ?」
「いや……それ、ただのちょっと長い昼寝じゃん……」
けんたろうの精神的ダメージはマイナスMP換算で3,000ポイント。
その日の午後。
魔王軍本部では「第108回 魔王軍定例会議(おやつ付き)」が開催されていた。
司会進行はネフェリウス。黒曜石のような長テーブルには幹部たちがずらりと並び、議題資料の上には各自持参のおやつ(バタークッキー、いもけんぴ、なぜかアメリカンドッグ)が置かれている。
「えー…議題1、人間どもの理解を深め、制圧する件である」
「(やっぱ司会はクロコダイノレさんの方がテンポ良かったなぁ…)」
「(わかるー、ネフェさん真面目すぎて間が長いんだよなぁ…)」
ひそひそ声が会議室の隅でこだまする。
「まずは食文化から理解しようと思う」
魔王様がそう言うや否や、スクリーンには巨大な卵の画像が映し出された。
「目玉焼きの焼き方について意見を求む!」
そこから先は大混乱だった。
片面焼き派、両面焼き派、半熟至上主義、醤油派、塩派、ケチャップ派…議論は白熱し、やがて魔族料理学の理論に発展した。
「料理の基本構造は、四面体で表せる!」
ホワイトボードに書かれた四つの頂点――
①火 ②空気 ③水 ④油
それらのバランスが、目玉焼きの出来を決めるというのだ。
「これがわかれば、人間どもの舌も支配できる!」
卵ひとつから、人類制圧論まで飛躍する魔王軍。
けんたろうは「この軍団、ほんとに地上侵略できるの…?」と心の中で頭を抱えた。
一方そのころ。
勇者リリィ一行は次の目的地へ向かっていた。途中、モンスターに襲われ仲間が窮地に陥るが、リリィは怪我明けにもかかわらず飛び込んで救出する。
「怪我明けなのに…勇者様は仲間の大切さがわかったのかな?」
感動的な空気――のはずだった。
「いや、死んだら復活代がもったいないだろ?」
その一言で、仲間たちは感動を返せと言わんばかりの顔をした。
ゲスゲスゲス!




