その29 サキュバスとラーメンライスと魔王♀(こわかわいい)が同時に襲ってくる日曜の昼下がりに、なぜか勇者が療養中だった件。
ラブラブのはずなのに、なぜこんなに心臓に悪いのか――。
けんたろうは、再び魔王ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世(愛称:魔王ちゃん)との恐怖と愛の共同生活に挑んでいた。
「ダーリン♡」
朝からテンションマシマシの魔王が、けんたろうの耳に息を吹きかけてくる。
「うわああああああああ!? ちょ、ちょっと距離感っ……!!」
そして事件は起こる。
――そこに現れたのは、全裸に見えるほどギリギリの衣装を纏ったサキュバス。
「おはようございますぅ♡ ご主人様ぁ♡」
「ぎゃあああああああああああ!? 目を合わせちゃダメだ! 魔王様が見てるうううううう!!」
けんたろうは、まるで火を見た猫のように背筋を丸めて視線を逸らす。
「ダーリン……」
魔王の声が、甘く、けれどどこか底知れぬ地獄のような冷たさを帯びて、彼の背後に響く。
「ほかの女の子に目移りしちゃダメだっちゃ!」
「え、ええええ!? どこかで聞いたことある……?」
「人間界の古典文化は、全巻網羅しておるぞ? 婿は……るみこが嫌いか?」
「だ、大好きです……(こわいいいいい!!)」
〜場面転換・魔王軍会議〜
ハドうーは依然として療養中。全身に包帯を巻き、労災申請の書類と睨めっこしているという。
魔王軍会議室・通称「業火の間」では、代わって、進行を務めるのは魔王軍幹部・大魔導士ネフェリウス。
「では、本日の議題に入ります。人間どもを征服するために、『人間理解』の一環として……“ラーメンライスの正しい食し方”について議論を開始するである。」
「………………」
(一同、沈黙)
まず口火を切ったのは、人間を恨む、悪魔に魂を売った人間・暗黒騎士バルド。
「まずはラーメンを一気に食す! 麺を伸ばすなど、もってのほか!
その後にライスを食べる。メリハリが大事だ」
クロコダイノレが口を尖らせる。
「それは【ラーメン】と【ライス】を【別々】に食べてるだけだ。ラーメン【ライス】じゃなくて、ラーメンとライスだ。」
ファイアイスが豪快に拳を振り上げる!
「ラーメンにライスをぶちこめぇぇぇぇぇ!!!」
「黙れファイアイス!!」
(全員からの総ツッコミが、地獄のようなテンポで炸裂)
そこに冷静な声が響く。
「……メンマやチャーシューなどのおかずを使い、ライスを攻める絡め手も有効だ。」
そう、冷静沈着なる戦略家、ザイオス!
裏世界の暗黒竜を倒し、魔王から直々にスカウトされた、伝説の“竜の剣士”にして、食事のタイミングにも妥協しない男。
「さすがザイオス様……」「神だわ……」
戦慄が走る魔王軍。
ラーメンライスの奥深さは、ついに人間と魔族の文化の壁を越える――!?
〜一方、勇者サイド〜
「うーん……快適〜♪」
「勇者がいないって、こんなに自由なのかぁ〜♪」
「心理的安全性って、こういうことだよねぇ〜」
ミレルカ、カティア、エルの三人は、いつにも増して軽やかに森でモンスター狩り。
重症のリリィは宿屋のベッドで爆睡中。口にはアヒルのぬいぐるみが咥えられていた(本人希望)。
「パフォーマンスが上がるのも当然よね。マズローの欲求5段階説、これガチだわ。」
勇者が療養中だと、世界が……なんだか……やたらと平和だった――。




