その26 悪魔の耳に福音、勇者の仲間には自由
「けんたろう、今日は一緒に音楽を聴こうか」
朝の魔王城。
漆黒の大理石が敷き詰められた回廊を抜け、けんたろうは魔王ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世に手を引かれながら、王族専用のリスニングルームへと案内されていた。
「お、おんがく、ですか?あの、クラシックとか?ジャズとか……アニソンとか……?」
「ふふふ。とっておきの音源があるんだ」
魔王が優雅に腰を下ろし、黄金の杯から魔血ワインをひとくち。
その仕草はまるで貴族のように優雅で――いや、実際貴族なんだけど――そして魔族。
けんたろうも恐る恐る、隣に座る。
「では……再生するぞ」
魔王が指をスッと振ると、魔導オーケストラが自動起動。
宙に浮かぶ音源球がふるえ、荘厳な響きが広がった。
♪ギィイイイィイィ……!!!
「やだああああああああああああああ!!!」
けんたろう、爆発四散寸前。
鳴り響くのは――人間の断末魔の叫び。
しかも生音。生演奏。リアルサウンド5.1ch対応。
「うっとりするな……この、魂の軋むようなビブラート。耳元で囁かれる最期の愛。いい叫び声だ……」
魔王は目を閉じ、陶酔の表情。指先でリズムまで取り始める。
「ぎゃああああああああああああああああああ!!!
なんでそれが癒しミュージック扱いなのぉぉぉぉぉ!!?」
けんたろうの精神、ガリガリ削られていく。
「安心しろ。今日は少し抑えめの曲だ。拷問の叫びが入ってないから」
「やめてぇぇぇぇぇえええ!!!」
一方その頃――
魔王軍会議室では、重傷のハドうー不在のなか、幹部たちがざわついていた。
ザイオス「……それで、あのハドうー殿がやられた、か」
バルド「ふん、やっぱりな。俺が前に出るべきだったんだ」
ネフェリウス「それはいいとして……本題だ。ハドうー様が弱いのか、それともあの女勇者が強すぎたのか」
クロコダイノレ「……いや、どちらかといえば、勇者の強さかと。実際、あの貫通傷……並みの力では不可能」
会議室が、静まりかえった。
「……」
「…………」
「………………」
ファイアイス「ヒャッハー!ハドうーさん、穴開いても元気そうで何よりぃぃ!!」
場の空気、瞬間冷凍。凍ったのは氷のせいじゃない。
ネフェリウス「……やはり、あいつは檻に入れておいた方がよいのでは」
クロコダイノレ「私が散歩に連れて行きます」
そのころ、人間界のソソザ村。
勇者・リリィは、腹に負った重傷のため、ベッドでぐったり。
宿の二階からは、うめき声とグチと、たまにベッドを蹴る音が聞こえる。
だがその下――
「いやあ、今日は快適ですね~」
「勇者様がいないと、こんなに静かだとは」
「ごはんも普通に出てくるし、怒鳴られないし、幸せ……」
剣士カティアは頬杖をつきながら、青空の下でくつろいでいる。
魔法使いエルは読書中。白魔導士ミレルカはうたた寝中。
まさに、地上の楽園。
「……あ、そういえば……リリィ様の様子、見に行かなくていいのかな?」
「見に行ったら、命令されるからやめとこう。どうせまた『稼いでこい』って言われる」
「たしかに……」
日差しはあたたかく、空は青く、草木は揺れる。
リリィ不在の勇者パーティ、最高のヒーリングタイムを満喫中。




